夜の果てまで
二度目の実験
なぜ1ヶ月以上空いてるんですか?やる気ないんですか?
→あります!!!まだまだ続きます!!!!
さらに数日が経ち、魔法塔での実験の日になった。
八戒が心配して付いていくと言い張ったが、三蔵が集中できなくなると跳ね除けた。
「悟浄、本当に大丈夫ですか? いくら魔力制御の練習をしたといっても、まだあなたの魔力解析結果も出ていないですし……」
「まー三蔵がああ言ってるんだから、やるしかねぇよ。大丈夫だって」
「微精霊の子も増えてるし、何かあったらすぐ伝えに来てって言ってあるから!」
「お、おぅ。そりゃ頼もしいぜ」
悟空の言葉に苦笑いで返事をした。相変わらず、見えない存在に頼りになるのかどうか判断がつかない。自分にも見えれば良かったのにと、思わなくもない……が、見えたら見えたで、見えるものが増えるのは大変そうだなとも思う。
「行くぞ」
三蔵は短く告げるとさっさと先に歩いて行く。
心配げな八戒と元気よく手を振る悟空に見守られ、悟浄は再び魔法塔へと歩みを進めるのだった。
久々に入った魔法塔の内部は、ひんやりとした空気で悟浄たちを出迎えた。
遥か頭上まで続く先の見えない螺旋階段を、つい見上げてしまう。この距離を一瞬で移動する転移魔方陣の上で三蔵は悟浄を待っていた。
前回の魔力酔いを思い出し、ごくりと唾を飲み込む。
三蔵が早く来いと目線で訴えるので、ゆっくりと近づいた。
「魔力量も増えているはずだ。前回のようにはならんだろ。たぶんな」
「……たぶんかよ」
前回の記憶を頼りに、三蔵の傍に行って恐る恐る後ろから抱き着いた。
すると、三蔵が驚いたように悟浄を見るので頭にハテナを浮かべて見返すと、フッと笑った三蔵が転移を起動する。
身体を引っ張られる感覚の後に浮遊感がやってきて、三蔵の服をぎゅっと強く握りながら心の中で三秒数えると、地に足が付く感覚がした。
前回のような気持ち悪さは襲って来ず、ほっとしていると固く握られた悟浄の手を撫でながら三蔵が耳元でそっと囁いた。
「魔力量が増えたんだ。引っ付く必要はなかったんだがな」
「……ッな?!」
そういえば、前回は魔力が足りないと言われた後に引き寄せられた。ということは、魔力が足りていれば引っ付いていなくてもいいということで。
心なしか上機嫌で神殿の中へ向かう三蔵を、顔を赤くしながら追いかけた。
「教えてくれればよかっただろ!」
「何言ってやがる。惚れたやつに抱きつかれて離れるバカがいるか」
「お、おま、おま、~~~~っ」
事を急いて後悔したはずの三蔵から遠慮のない好意を向けられ、悟浄はその場にしゃがみこんで頭を抱えた。
まだ自分の気持ちは整理が付いていないというのに、ここ最近の三蔵の方は吹っ切れたかのように明け透けだ。
愛を受け取ることに慣れていない悟浄にとって、それは一度で受け取れるものでは到底ない。またそれだけでなく、悟浄が三蔵を受け入れられないのにはもう一つ理由があった。
理由を例えるなら、卵から孵った雛が初めて見た相手を親だと思いこむようなもの。産まれたての雛のように三蔵のことを気にしているのではないかと自分を疑っているのだった。初めて裏に思惑を含まない愛を伝えてくれたのが三蔵だったから、フラフラと靡いてしまっているのではないか。自分の心を置き去りにして脳が条件反射的に愛を受け入れろと叫んでいる気がして、どうしてもすぐに三蔵のことを好きだと言えなかった。気になっているのは確かだし、受け入れたい気持ちもゼロではない。ただ、この複雑な心境はどうしても、棘のように刺さってしまっている。
八戒や夜詠にもついに話すことはできず、ここまで来てしまった。
あえて声をかけてこない作戦らしい三蔵に、悟浄はこの思考を自ら断ち切るしかなかった。三蔵のことについて思い悩んでいる時に、三蔵は絶対に声をかけてこない。じっとこちらを見守っている。このことに気づいたとき、心底三蔵のことが恨めしかった。三蔵のことを考えるしかない言葉を紡ぎ、悩ませ、三蔵という存在を悟浄の中に少しずつ沁み込ませているらしい。
「くそ、ムカつく……」
怒りで気持ちを上書きし、神殿の中で待つ三蔵を追い越して実験の場となる祭壇のような石台まで歩いて行った。三蔵はそれを満足そうに見ながら追い付いてくる。
「さっさとやっちまおうぜ」
「焦るな。今回はまた状況が違う。もう一度確認するぞ」
「もう何回も聞いたって……」
「失敗したら命に係わる。俺はお前を死なせたくねぇし、俺も死ぬつもりはねぇ」
「う……。わーってるよ」
そして、三蔵は石台の周りを入念に確認する。同時に、悟浄へ改めて体調や魔力制御の成果について聞いてきた。
「ちょっとでも違和感があれば声を出せ。なんでもいい」
「三蔵こそ、無理すんなよ」
「俺はいいんだよ」
「いいわけあるかよ。三蔵になんかあったら、この国どうすんだ」
「そん時はそん時だ。俺がいなくても、世界は回っていく」
「……そういう意味じゃねぇよ、馬鹿野郎」
「いいから始めるぞ」
悟浄はむくれながら石台に腰を下ろした。
三蔵は前回と同じように石台脇の供給装置に手を添え、事前に用意しておいた魔力を三蔵から悟浄へ移すための転写陣が書かれた紙を供給装置の近くに置く。
この転写陣も新しく書き直したようで、悟浄にはよくわからなかったがいざというときの安全装置を仕込んだと言っていた。
そして再び、皇帝のみが扱える魔力は三蔵を媒介として悟浄へと注がれる。
悟浄は目を閉じてその時を待った。そしてそれはすぐにやってくる。
三蔵の手から温かな魔力が脈打ちながら流れ込んできた。三蔵がものすごく集中しているのが伝わってくる。一定の量の魔力が細く、そして、悟浄の様子を伺いながら少しずつ量を増やしていっている。
「三蔵……」
「どうした、止めるか」
「違う。あったけぇ」
「そういうのは後にしてくれ」
額から汗を流し、三蔵は小さく笑う。集中を切らせば流す魔力の量を間違えそうでこちらは必死だというのに、随分可愛いことを言う悟浄に気が抜けそうだった。
「あ、」
「今度はなんだ」
「いや、なんか、魔力の流れが、変わった」
「どういうことだ」
三蔵から流れる魔力は引き続き悟浄へと流れていっている。先ほどと違うことといえば、悟浄の周りがなんだか淡く光っているように見えた。
「たぶんもう俺の持てる量は超えてるんだけど、外に、出ていってる?」
「一度止めるぞ」
「ん」
そして、三蔵が魔力の供給を止めた瞬間だった。
「あっ!」
悟浄の周りがぼぅっと光り始めたかと思うと、小さな光の粒がぐるぐると悟浄の周りを回り始めた。そしてその光の粒は四方へ向かって飛んでいく。
一つは神殿の窓にぶつかり、小さな花火の様に弾けて消えた。
一つは半球状の天井に向かい、途中で光を失って消えた。
一つは供給装置へと向かい、沁み込むようにして消えた。
一つは神殿を飛び出し、どこかへ向かって飛んで行った。
一つは三蔵の方へ向かっていき、三蔵の身体の中に消えていった。
「三蔵っ、大丈夫か?!」
「ああ、別になんともねぇ、が……?」
最初は本当になんでもない様子だった三蔵だったが、徐々に息が荒くなってきている。はぁはぁと口で息をし始め、その場に蹲ってしまった。
悟浄はそっと、三蔵の顔を覗き込むようにして肩に手を置いた。
「さんぞ……?」
「触るなッ!」
パシンと手を払われ、三蔵に睨まれた。額には汗が浮かび、肩を上下させて息をする姿は苦しそうで。
けれど、三蔵を心配するのと同時に触れるのを拒絶されたショックが悟浄を襲う。
払われた手を眺め、その手をぎゅっと握りしめた。そしてなんでもない風に顔を笑みの形にして固める。
「気軽に触っちまってごめんな。で、俺はどうしたらいい? 八戒たち呼んでくる? あ、とりあえずコレは三蔵が飲んだ方がよさそうだよな」
いざという時のために持たされた玲蜜水を三蔵の前にそっと置いた。そして、触れないように距離を取る。
三蔵は玲蜜水を一気に呷ると、何かを呟いた。恐らく悟空へ伝言を伝える魔法か何かを使ったんだろう。
二分と待たずに神殿のドアを開ける音が響き、悟空と八戒が駆け込んできた。
「三蔵っ! 大丈夫?!」
「悟浄、無事でよかった。あなたはなんともないですか?」
三蔵が悟空に何かを話しているが、悟浄のところまでは聞こえない。悟空は何度か頷くと、三蔵を横抱きに抱えて歩き始めた。
「八戒、先に三蔵連れて帰るね。落ち着いたら連絡するから、悟浄と戻ってろって」
「ええ、わかりました。こちらは任せてください。三蔵を頼みましたよ」
「悟浄、三蔵は大丈夫だから。心配すんなよ!」
「うっせ、誰が心配なんかするかよ」
べっと舌を出して見せると、その様子を苦し気な三蔵がちらりと見ている気がした。気がしたが、口に出した言葉は戻ってはこない。
「じゃ、またあとで!」
成人男性を両手に抱えているとは思えない身軽さで悟空は駆け出していくと、あっという間に転移魔方陣の中に消えていってしまった。消えた後をじっと見つめていると、八戒が心配そうに悟浄の顔を覗き込んでくる。
「悟浄? 本当に大丈夫ですか?」
「俺は、なんともねぇよ。ほら」
両手を広げてお道化て見せる。さっきのはなんだったのだろう。なぜ三蔵は苦しみ、触れることを拒絶したのか。
自分のことなのに自分が何一つわかっていないことが余計に悟浄を苦しめる。結局は役立たずなんだと、三蔵たちの足を引っ張ることしかできないのだと、自分を責める言葉が次々に浮かんでは消えていった。
「悟浄、何があったか聞かせてください。それから、その思い詰めていることも全部。ここでは他に誰も聞いていませんから」
「八戒……」
「念には念を。僕の結界も張っておきましょうか?」
「ははっ。いんや、ダイジョブ。ありがとな八戒」
ようやく八戒の顔を正面から見返して、悟浄は力なく笑った。
八戒に誘われ、神殿の外へと出る。転移魔方陣を通り過ぎ、魔法塔のてっぺんにあるバルコニーのような広場の手摺り近くまで歩いて行く八戒に悟浄はちょっとたじろいだ。
「は、八戒、この辺でよくねぇ?」
「いい眺めなんですよ。ね、悟浄」
「えぇ……嘘だろ……」
ニコニコと手摺りに手を置いて悟浄を手招きする八戒。暫く迷ったが、ついに根負けして悟浄も目を薄めながら手摺りまで近づいた。
そして、手摺りに手が触れると下を見ないようにぎゅっと目を閉じる。すると、八戒が悟浄の腰に手を回して体をまっすぐ支え、手摺りに置いている手にそっと自分の手を重ねた。
「悟浄、目を開けてください」
優しい声音で言われるが、そうは言っても下から吹き上げてくる風に恐怖心が消えない。
八戒は重ねた手をぎゅっと軽く握りこむと、もう一度悟浄へ声をかける。
「これが、僕たちの国なんです。何を守ろうとしているのか、見てみませんか?」
悟浄は恐る恐る目を開ける。太陽の眩しさに目を細め、眩しさに慣らしながらゆっくり目を開いた。
「すげー……」
眼下には雄大な景色が広がっており、思わずごくりと唾を飲み込んだ。
悟浄の立っている魔法塔を中心として放射線状に広がった帝都の街並みがあり、その帝都をぐるっと塀が囲んでいる。帝都の北東を流れている天潤河(てんじゅんが)が帝都を巡るように湾曲しながら聖光宮の外郭に沿って流れているのも見えた。天潤河はそのまま悟浄の産まれた帝都外の痩せた土地に向かって流れ、遥か遠く先に大海へと繋がっていた。
「これが、あなたが救えるかもしれない国なんです。今は腐っているかもしれませんが、それでも、この景色は悪くはないでしょう?」
「……ッ」
確かに、こんなにちっぽけな自分が見える限りでもこんなに広い国を救える可能性を持っているなんて、ありえないことだった。そう、昔のままの悟浄であったなら。
今は、三蔵と出会い、八戒や悟空、夜詠という仲間ができた。魔力を扱うことだってできるようになった。目まぐるしく変化する日々について行くのに精一杯で、何も持たなかった頃のことをすっかり忘れてしまっていたようだ。
「なあ、八戒」
「はい。なんですか」
「実験を続ければ、この国を救えんの?」
「それはどうでしょう。もちろん可能性は大いにありますよ」
「もしこの国を救えたら、この景色ももっと綺麗に見えんのかな」
「ええ、きっと」
「三蔵、大丈夫かな」
「大丈夫ですよ。悟空もそう言っていたじゃないですか」
「俺、どうしたらいいんだろうな」
「一緒に答えを探しましょう」
「……ん。ありがとな、八戒」
はにかみながら八戒に向けた顔はちゃんと笑えていたかわからない。下から吹き上げて来る風のおかげで、少し零れた涙は飛ばされていった。
神殿の中に戻った二人は、夕日が辺りをオレンジ色に染めるまで語り合ったのだった。