暗闇の輝き[前編]
本文に出てくるブランドは捏造です。
雰囲気だけ楽しんでください。
オリキャラ出張ってます。
前後編に分けさせて……!
「悟浄! 悟浄! 決まりましたよ!」
珍しく、マネージャーが興奮した様子で控室に入ってきた。
スマホから目を上げた悟浄は、興奮する友人兼マネージャーの八戒を怪訝な顔で見る。
「で、何が決まったって?」
「サヴァージュ・エトワールのアンバサダーですよ!」
「……は?」
「あの、アラン・デュヴァール本人から直々にご指名だそうです。言っておきますけど、ドッキリでもなんでもないですからね」
「ごめん、ちょっと理解が追い付かねぇんだけど」
それもそのはず。
“サヴァージュ・エトワール”とは、パリを発祥とするハイブランドで創始者アラン・デュヴァールによって1990年代に設立された。
洗練されたデザインとエレガントな美学を追求し続けるこのブランドは、世界中のセレブやファッション界で高い評価を得ている。
近年では日本市場へ進出をするのではないかと噂されていた。
そこに、白羽の矢が立ったのが何故か悟浄だという話らしかった。
本当に、何が起こったのかさっぱりわからない。いや、ありえない話だった。
「ちなみにそれって、断ったりは……」
「何言ってるんですか! もうやりますって返事しましたよ!」
「で、ですよねー」
じわじわと現実を理解し始めたと同時に、どっと嫌な汗が噴き出てきた。やばい、という言葉ばかりが脳内を駆け巡る。
この後はいつもの雑誌の撮影なのだが、うまくできる気が全くしなかった。
「とはいえ、まだ本決めではないそうです。創始者ご本人の指名ですから、変更ということはないと思いますが」
「それっていつ頃本決まりなわけ?」
「なんとも言えませんが、僕のところまで話が来るくらいですから、前向きな返事をしたことで一気に進むのではないかと思っています」
「あー。そ、っか……」
という話があったのが3ヵ月程前だっただろうか。
「悟浄さん入りまーす!」
「「「よろしくお願いしまーす!」」」
今日は、サヴァージュ・エトワールの日本向けビジュアル撮影の日。
ブランドのアイテムを身に着け、悟浄は最高に緊張をしていた。
スタイリストは先方の手配もあったが、悟浄本人の希望と八戒の根回しもあり、三蔵を呼んでいる。
とてもじゃないが、緊張する現場で初めましての人間に髪を触られるのは耐えられないと思ったのだ。たぶん、最悪吐く。
服やメイクは先方のスタイリストが行うが、ヘアセットだけは三蔵にお願いするということで話がまとまったのだ。
どのようなヘアセットにするかなど指定はされるが、それを実際にセットするのは三蔵。ということらしい。
三蔵には大変嫌そうな顔をされたが、八戒が満面の笑みで見積書を提示したところ了承を得られた。
悟浄としても三蔵に申し訳ないという気持ちがないわけではなかったが、背に腹は代えられない思いだった。
絶対に、失敗はできない。
ただそれだけなのである。
―――カシャッ、カシャ
「悟浄さん、目線ください」
「次、アップ撮りまーす」
「もう少し角度付けられますか?」
撮影スタジオの一番光の集まる場所、注目を浴びる場所で悟浄が撮影をこなすのを三蔵は一番後ろからじっと眺めていた。
ハイブランドの服を着こなし、様々なポーズで撮影をこなしていく悟浄。
仕事をしているところを三蔵が見るのは初めてだった。
店にいる時とは雰囲気が別物で、(……ちゃんと仕事してたのか)なんて感想まで出てくる始末である。
時折ポーズへの指示が飛ぶが、撮影されたデータを眺める監督はウンウンと嬉しそうに頷いているので問題はなさそうであった。
衣装や背景のチェンジがあるたびに三蔵にも仕事が回ってくるが、たいしてやることはなかった。
ああしろこうしろと、横から指示が出される通りに手を動かす。
もっと悟浄には似合うスタイリングがあるのにと三蔵は思うが、口には出さない。
それは、悟浄に似合うというだけで、ブランドのイメージを含めたものでは無いからだった。
ここまでのハイブランドを担当するスタイリストは当然、業界雑誌で見た事のあるような雲の上の存在の人だった。
尼ケ崎晶(あまがさきあきら)。世界で活躍するカリスマ女性スタイリスト。
「君が、モデルご指名の三蔵くんね。理由は聞いているけれど、ダメだと思ったら私がやるから。それと、名字は長いから晶でいいわ」
晶は顔合わせでそう悟浄と三蔵に挨拶をし、監督との打ち合わせに戻って行った。
「え、えーっと、三蔵? 大丈夫……?」
「……ダメだと思わせなきゃいいんだろ」
「くれぐれも穏便にな?」
「何ビビってんだ。てめぇは自分の心配だけしてろ」
「目がいつもより怖ぇのよ」
自分よりピリピリし始めた三蔵を見て、悟浄は少し緊張がほぐれたような感じがしていた。
なんだ、ここで戦いに挑むのは自分だけではないではないかと。なんだか安心できたのだ。
そして、少しハラハラしながら始まったヘアメイクの時間だったが、どうやら三蔵の腕は晶の認めるレベルに達しているらしかった。
「なかなかやるじゃない。寧ろ、私のアシスタントで欲しいくらいだわ。ってことで、三蔵くん、うちにこない?」
「すみません。今は無理です」
「あら、即答されたのは初めてだわ。今はってことは、今後に期待しておきましょう。相棒さんも困っているようだし」
「えっ、いや、俺は……」
突然話を振られた悟浄は驚いて上手く答えることが出来なかった。
真後ろで話しているのだから、当然聞こえていたが、三蔵が引き抜かれて世界を飛びまわるようになったらこれからどうしようかと悩んでいたのだった。
三蔵がすぐに断ったことでホッとしたのだが、同時に三蔵ならもっと上に行けるのにとも思ってしまい、自分に話の矛先が向けられるとは思わなかった。
「三蔵くんしか、触れないんでしょ? 長期不在じゃ困るわよね。ごめんなさい」
「俺は、別にコイツのせいで行かないわけじゃ……」
「わかってるわよ。でも、やっぱり今じゃなさそうかなと思っただけ。これからも腕を磨き続けておいてね、三蔵くん」
「……ッ言われなくても、そう、します」
悟浄には、寸前で舌打ちを堪えた三蔵の様子が手に取るようにわかって思わずクスリと笑ってしまう。
三蔵にはこっそり耳を抓られた。
「さ、お終いお終い! 行っておいで、期待のスターさん」
「あんましそういうこと言わないでもらえませんか? 余計に緊張するんで」
「そんなこと言ってないで、自信を持って行きなさい。仕上げは完璧。あとはあなた次第よ」
そう言われても困ってしまい、チラリと三蔵の方を伺う。
三蔵から見て、どうだろうか。自分は、今、どう映っているだろうか。
「ッフン。さっきも言っただろうが。ビビってんな。それとも俺のセットじゃ不安になってきたとか言うつもりか?」
「~~ッ! んなこと言ってねぇだろ! そこで指咥えて見とけ!」
「あらあらあら。仲良しね~」
「「仲良しじゃないです!」」
そうして始まった撮影は、順調に進んでいた。
休憩を挟んで撮影も終盤に差し掛かった時、監督が突然晶と言い争いを始めた。
「ちょ、八戒、何事?」
「それが……。監督が予定になかった撮影をしようと言い始めまして、そんな準備はしていないと晶さんが怒っていらっしゃるようでして……」
緊張感の漂う現場。二人の様子を誰もが遠巻きに伺っている。
悟浄もただ立ち尽くしていると、三蔵が二人に近づいて行くのが見えて目を見開いた。他のスタッフも信じられないような顔をしているが、誰も三蔵を止めることはできないでいる。
「失礼します。一体何を言い争っているのですか」
「ちょっと聞いてよ三蔵くん! 突然照明を落とした撮影がしたいって言うのよ!」
「絶対に良くなる。彼の雰囲気を見てやりたくなったんだ」
「ですが、事前に予定になかったので、準備が間に合いませんと何度言えば……」
「その準備というのは、モデルのですか? 場所のですか?」
「場所は問題ない。どうせ暗くするのだから、大道具は問題ではない」
「つまり、モデルの方ですね?」
「そう、そうよ……。今回は日本参入の最初のビジュアルなの。明るく華やかなイメージしか考えていなくて……」
三蔵は、いつもの尼ケ崎晶らしくないなと思った。
彼女の手にかかれば、どんな表現でもできるはずだった。
恐らく、大きな仕事に集中しすぎて、一時的に冷静さを欠いているのだろうと思う。
「だったら一度、俺にやらせてください。本番ということでなくていい。方向性の確認にしてもらっていいので。それで尼ケ崎さんも無理かどうか判断するのはどうですか」
「僕はそれで問題ない。とにかく一度やらせてほしい」
「わかってる。わかってるのよ。私が取り乱してるせいだって。そうね……。落ち着くまでの間、貴方にお願いするわ」
周りの信じられないものを見る目を跳ね除け、三蔵が悟浄の方へ向かってくる。
その目は獲物を得た獣のように、ギラギラと光っているようで……。
「指図されんのはもう終いだ。俺に、やらせろ……!」
後の八戒に、「実際に目は光って見えましたね。何なら牙と涎を垂らしてるのも」と言われ「涎なんか垂らしてねぇ!」と怒鳴られていた。
「やっぱり結構怒ってんじゃん!」
無理やり引っ張ってきたことを、悟浄はちょっぴり後悔するのだった。