黒大豆まとめ

映画デート

映画のイメージは、ポルノグラフィティの『横浜リリー』です。

「これでッ、ラスト……!」

 悟浄が鉄パイプの先の曲がった部分で器用に相手の襟を引っかけ、空中に放り投げた所をホームランでも打つかのように振り抜くのを見て、三蔵はため息をついた。

「ほどほどにしねーと、そのうち腕も腰もイカレちまうぞ」

「俺の腰をイカレさせられんのは、三蔵だけだろ?」

「ッチ、言ってろ」

 悟浄は鉄パイプを肩に担ぎ、反対の手で頭の上に日差しを作って前方を眺めている。

「いやー今日もよく働いたわ。おっ」

「なんだ」

「いや、ほらアレ。久々に行きてぇなと思って」

 三蔵は煙草に火をつけ、ゆっくり肺に吸い込む。そしてまたゆっくりと吐き出した。ひと仕事終えた後の一服は普段の三割増しでうまい。

「な、デートしようぜ♡」

「人の多い所は好かん」

「だからほら、人払いならできてるしいーじゃん」

 悟浄の作った倒れた敵というカーペットの先には、錆びついたネオンが煌々と輝く古びた映画館が建っていた。ネオンの半分は消え、ところどころ剥がれたポスターが風に揺れている。入り口の分厚いガラスドアは汚れていて、その向こうのロビーは薄暗く、人の気配がなかった。

「つまらんかったらすぐ帰るぞ」

「はいはい。感想は見てから聞いたげる」

 悟浄はそう言って、カーペットを踏みつけながら先に進んだ。三蔵もそれに続き、重たいガラスドアを開けて薄暗いロビーに足を踏み入れる。

 埃っぽいロビーには時代遅れのポスターが何枚も貼られており、カウンターの奥には座ったまま居眠りをしているらしい老人が一人いた。

「そこのオネーサン。チケットちょーだい」

 悟浄が声をかけると、老人はゆっくりと顔を上げた。その顔には深い皺が刻まれており、悟浄と三蔵をじっと見つめる。

「……お客さん、もう、ほとんどやってないよ」

 老人の言葉に、悟浄は首を傾げた。

「ほとんどってことは、なんかやってるんデショ? 見れるならなんでもいいよ」

「……そうかい。じゃあ、これ」

 老人は、一枚のチケットを差し出した。

「二人分だ。金はいらないよ」

「え、なんで?」

「あんたたちみたいないい男が二人で来てくれるなんて、珍しいからね。楽しんでおいで」

 ほとんど閉じているような目をキラリと光らせて老人はそう言った。

「サンキューお姉さん。また来るよ」

「……行くぞ。誰でも彼でも口説いてんじゃねぇ」

「チケットあんがとね!」

 三蔵はまだ老人の方へ向いている悟浄の腕を掴み、映画館の奥へと歩き出した。

 幾つかある扉の内、開いている扉は二つ。すこし迷って左に入った。中は薄暗く、前方と後方にひとりず客が座っていた。三蔵たちはど真ん中の席に並んで座る。

 派手な男二人がやって来たのに驚いたのか、後ろに座っていたひとりは入れ替わるように席を立って出て行った。

 スクリーンに映し出されていたのは海沿いの街に住むカップルのストーリーだった。

 男は裏社会の人間だが、腕っぷしは強くなく頭も良くないらしい。だが、情には厚くその女だけを愛しているようだった。

 そんな男が、遠く別の地で抗争が起きたらしくしばらく帰れないと言う。女は当然行かないでくれと言うが、男は「じゃあ、また」と言って出ていってしまう。

「なぁ」

「なんだ」

「俺が行かないでって言ったら、三蔵はどうする?」

「何言ってんだ。行くに決まってんだろ」

「そーですよね」

「どっちかというと、あの男はお前の方が似てるだろ」

「はぁ?! 俺の方が男前ですけど?!」

「顔じゃねぇ」

 そう言って、三蔵はスクリーンから視線を外して悟浄を見つめた。三蔵のその雰囲気に気圧され、悟浄はうまく言葉が出てこない。

「お前は、情に厚すぎるところがある。困ってる人間を放っておけねぇだろ。お前こそあっさり遠くに行ってしまうんじゃないか?」

「そんなことは……ない、と、思う。たぶん」

「ッフン。別に構わん。お前は必ず帰ってくるだろうからな」

 三蔵は言うだけ言って満足したようで、再びスクリーンに視線を戻して映画を見始めた。

 悟浄も言い返すことができぬまま、信頼なのか愛なのか。三蔵の言葉に少し擽ったい気持ちになる。

 その間にも映画は進み、男が震えて泣きながら引き金を握るシーンをクライマックスにエンドロールとなってしまった。

「もしかして、バッドエンド?」

「どうだろうな」

「うわー不完全燃焼だわー。あっちのスクリーンにしとけばよかった」

「どうせ似たようなもんだろ」

「そうかもしんねぇけどさあ。置いて行かれた方はどうしようもねーし、切ないじゃん」

 まるで自分が置いて行かれたかのように寂し気な表情をして三蔵の肩に頭を乗せる悟浄。それがなんだか可笑しくて、三蔵は少し意地悪をしたくなる。

「もし俺に置いて行かれたらどうする?」

「そもそも置いて行かれねぇようにするから。ついてく」

「……馬鹿だな。隣に立ってろ」

「なんだよ、三蔵が言い出したんじゃん」

 眉を八の字に曲げてそう言う悟浄が三蔵の顔を見上げる。それは、キスをして欲しい時の表情で。

「ばかだな」

 そう言って三蔵は悟浄の頭を引きはがし、椅子に押し付けて上から乗りあげるようにしてキスをした。舌でつつけばすぐに口内に引き入れられ、もっともっとと吸い付かれる。乗り上げた足で悟浄の股間をまさぐると、既にソレは少し硬くなっていた。

「ここでヤる?」

「それも悪くねぇが、ここでヤるだけで足りるのか?」

「やっぱり広いベッドの方が、いい」

「さっさと出るぞ。もういいだろ」

「ん、見られんのも興奮するけど、三蔵と二人っきりの方がいいしな」

 三蔵がチラリと前方の席を見ると、二人より先に座っていたそいつは慌てて走り去って行った。

「気づいてたんだろ?」

「まぁな。だがどうでもいい。さっさと行くぞ」

「あ、ちょっとまって」

 三蔵が座席の列から出ようとすると、悟浄が服の裾を引っ張って引き留める。

 この期に及んでまだ何かあるのかと視線を上げると、悟浄の顔がスクリーンに向かっていた。

「あぁ、よかった」

「あ?」

 悟浄の小さな呟きに、視線を辿ってスクリーンを見ると、エンドロールの後にその後のストーリーが映っていた。

 女は海の見えない街に引っ越したらしく、丘の上で遠くを眺めながら美しく微笑んでいた。

「笑ってて、よかった」

 哀しいような嬉しいような悟浄の横顔は、スクリーンに映る女よりよっぽど価値があると三蔵は思う。こんな顔を誰かに見られるのは確かに気に食わない。

 前方に座っていた野郎がいなくなっていて本当に良かったと安堵する。

「今度こそ終わりだ。早く行くぞ」

「ん、行こ」

 三蔵が悟浄の手を引いて映画館の廊下を歩く。誰もいない廊下に、二人の足音だけが響く。

 外へ出ると、夜の街のネオンが二人の顔を照らした。映画の結末は置いて行かれた女の笑顔で終わった。だが、二人の物語は違う。

 じゃれあい笑いあいながら、夜の街へと消えていくのだった。