単話など

人生に甘いスパイスを

ケーキバース35です。

 その日、三蔵は、衝撃を受けていた。
 長らく味覚を失っていた舌が、"味"を感じていることに。

「まさか……。いや、そんなはずは……」

 恐る恐る、二口目を口にする。

 「信じられねぇ……」

 やはり、感じる。何年ぶりの"味"だろう。
 口の中は唾液が次を求めて溢れ、脳までビリビリと痺れるようだった。実際、軽く頭痛がする。
 三蔵は黙々とそれを食べ続け、久々の食事による満足感を得ていた。
 そして、ひと通り食べたところでハッと我に返る。
 なぜ、味覚が戻ったのか?
 いや、戻ったと確定するには時期尚早であろう。何らかの原因による偶然かもしれないのだから。


 この世には、男女の性とは別に稀にバース性というものを持った人間が現れる。
 それが、「ケーキ」と「フォーク」である。
 また、これらは事前に診断を下すことが難しく、さらには生まれつき備わっているものではなく、後天的に発現する厄介な特性があった。
 三蔵は大変馬鹿馬鹿しいネーミングセンスだと思っているが、「フォーク」としての体質を身をもって知った時、言い得て妙だと納得ができた。
 「フォーク」の人間には通常の味覚が無く、「ケーキ」である人間だけを甘くて極上のケーキのように食べることができるらしい。
 らしい、と言うのは、三蔵は未だ「ケーキ」に出会ったことが無いからである。
 そしてこの「フォーク」はその性質故に、時折出会った「ケーキ」を捕食する事件が後を絶たなかった。(つまり、失ったはずの味覚を極上の味で取り戻すために、カニバリズムへ発展してしまうのである。)

 故に、世間一般には恐れられる人種である。
 三蔵も、信頼のおける数人にしか「フォーク」が発現したことを話してはいない。

 また、「ケーキ」の人間は自分がそうであると気づくことがほとんどない。知らずに死んでいく者も多いだろう。
 なぜなら、相性の合う「フォーク」に見つけられることによって「ケーキ」だとわかるケースが殆どだからだった。
 非常に希少な人種であり、また、「フォーク」になった人間はそれを周りに隠そうとする為、その特徴や対処法も治療薬も研究があまり進んでいないのが現実である。

 そんな中、中学生以来味覚を失っていた三蔵にとって一生出会うことがないだろうと思っていた「ケーキ」の存在が近くにいるかもしれない出来事に、どれ程の衝撃を受けたのか想像していただきたい。
 よって、思わずあの場所であんなことを口走ったのも、致し方ないのである。

「これを作った者を呼んでくれ」
「……え?」
「この料理を、作った者を呼んでくれ」
「えっ、と、あの~」
「早くしてくれ」
「か、かしこまりましたっ」

 焦れた三蔵が目を細めてほんの少し眼光を鋭くしただけで、店員は逃げるようにキッチンへ戻っていった。
 溜め息をつき、空になった皿を見つめながら、今煙草を吸うとどうなるかなどと考えていると、そいつはやってきた。

「あの~お客様? 料理を作った者を呼べと言われたと聞いたのですが……」

 ハッと顔を上げると、白いコック服に真っ赤な髪色の、まさにショートケーキのような長身の男が立っていた。

「お前が、この料理を作ったのか?」
「ええまぁ、はい。たぶん」
「手を出せ」
「え?」
「いいから、手を貸せ」
「うぇ、え?!」

 三蔵は男の手を取ると、コップの水に指を突っ込んだ。そして、その水をゴクリと飲む。

「な、な、な、なにやって…!」
「うまい……」
「はぁ?!」
「お前が、そうなのか」
「失礼を承知で言わせてもらうけど、お前なんなの?! つかここファミレスなんだよ! 何が作ったやつを呼べだ! 馬鹿にしてんのか!!」
「お前がケーキなんだな」
「ねぇ話聞いてます~? 俺は、ファミレスのただのバ、イ、ト、です! 用がないなら戻りますんで!」

 ブルブルと震える拳を握りしめ、肩を怒らせながら戻っていく男の手を三蔵は慌てて捕まえた。

「用ならある」
「俺にはないです」
「俺は、フォークなんだ」
「はぁ? 私はナイフです。とでも返してほしいのか? いい加減にしねぇと警察呼ばせてもらうけど」
「そうじゃない。バース性の話だ」
「あ? ばーす……バース性?」
「そうだ。俺はフォーク。てめぇがケーキだ」
「は、え、ちょ、ちょっと待ってくれ。俺がなんだって?」
「俺はある時から味覚を失っている。だが、お前の料理はうまかったし、手を突っ込んだ水は甘かった」
「……やっぱ、警察呼んだ方がいいやつ?」
「それは、困る。……悪かった。今日はもう帰る」
「いやあの、ちょっと」

 三蔵は伝票を握りしめ、さっさとレジへ向かう。
 コックの男はそれを止められず、店の外に出ていく三蔵を目線だけで追った。

「え~、俺どうしたらいいの……」
「おーい、悟浄、さっきのなんだったん?」
「あーいや、なんか、料理がうまかったんだって」
「は? マジで?! ここでンなこと言うやついんの?! やべーな!」
「はは、ほんとだよな……」

 悟浄は、本当のことは言わないことにした。
 バース性のことはやはり慎重に扱うべきだと思ったし、必死そうな目は嘘を言っているように思えなかった。なにより、残された皿はとても綺麗に平らげられていた。

「俺がケーキねぇ……。とりあえず、防犯ベルと催涙スプレー買うべき?」

 これが、二人の出会いの小話である。
 


(たぶん続かない)