単話など

泥酔

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3が泥酔したらキス魔になって欲しい。もちろん5相手限定で……。

普段は何でもないフリしてるけど、実はめっちゃちゅーしたいと思ってる。

ヤバい、と思ったら5が早めに部屋に連れ帰り、ひたすらちゅーだけして寝る。

次の日覚えてないけどなんかムラムラする3。

#1日1三浄

「三蔵、ちょっと飲みすぎだぞ」

「んあ? 文句あんのか?」

「そーじゃねえけどさあ」

 悟浄は隣でグラスを傾けている三蔵を見て溜息をついた。

 暦は師走。年末の仕事納めに向けてどの部署も慌ただしく、そして、忘年会のシーズンでもあった。

 三蔵とは部署こそ違うが、何かと担当する案件が被る。まあ、三蔵がそうなるように調整しているらしいが。

「もう辞めとけって」

「うるせぇ、黙ってろ」

「あっ、バカ! んっ!」

 煩い口は黙らせてやると言わんばかりの三蔵が、グラスを片手に持ったままぐいと近づきキスをしてきた。

 忘年会の、会社の人間が複数いる居酒屋の席で───。

「あ〜、またやってるんですか?」

「久しぶりですね。玄奘さんがここまで酔うの」

「そもそも飲み会にこねーからな」

「えっ? えっ? あれ、えっ?」

「お前初めて見んのか。間違っても次玄奘に会った時に聞くなよ。目線で殺されるぞ」

「えっ……」

「酔うとキス魔になんだよ。何故か、悟浄のヤロー限定でな。あれで付き合ってないと言い張ってるから。全員怪しいと思ってるんだけどね」

「違うんですか……?」

「確かに仕事も被るしちゅーもする! が! それ以外の証拠が何にもないと来た! その上悟浄の方は無類の女好きで知られてるしな」

「あの、あれ、そろそろ止めなくていいんですかね?」

 長年務めているもの達にとっては見慣れた光景。新入社員にとっては衝撃の光景。

 体の大きさはどう考えても悟浄の方があるのに、何故か圧し掛かってくる三蔵を引き剥がせない悟浄がジタバタともがき始めている。

「あー、今日。誰がやる?」

「俺この前やりましたからね?! 今日は先輩行ってくださいよ〜!」

「嫌だよ。っておい、逃げんなお前ら!」

 二人のいるテーブルからいつの間にか人がいなくなっている。初めて見たはずの新入社員たちも、周りを様子を見てさっと先輩たちの影に隠れていた。

「……っくそ! 今日金出さねーからな!」

「玄奘さんたちに貰えばいいじゃないっすか」

「ぼったくってやる……」

 取り残された同僚のひとりが犠牲者として、嫌々二人の元へと向かった。

 二人は頑なに口を開けない悟浄の顔を三蔵が掴んで、口を開ける開けないの攻防戦を繰り広げていた。

「来るの遅ーっすよ!」

「そもそもお前が自分でなんとかしてくれれば世話ねーんだよ」

「無理だからこうなってんでしょ?! 早く助けてくださいって! ちょ、マジやめろ三蔵ッ」

 会話をしている間にも、三蔵は悟浄の手や首、頬などあちこちにキスをしている。普段の眉間に皺を寄せて近寄り難い雰囲気を纏っている姿からは想像もできなくて、そして、この後が一番怖いのだからどうしようもない。

「なぁ、玄奘やめろって。そろそろ辞めねぇと、新人たちにドン引かれてるからな?」

「うるせぇぞ邪魔すんな」

「時と場合を弁えてくれよ、なぁ頼むから」

「死ね」

「あーもー!」

 そして、犠牲者は奥の手を使う。

 

「やめなさい江流!」

「ッ!!」

 ビクッと反応してフリーズする三蔵。その隙に悟浄は三蔵の下から急いで抜け出す。

「いやー、助かりました。ありがとうございます」

 悟浄が犠牲者にお礼を言うが、犠牲者はそれどころではない。そう、犠牲者なのだから。

 一瞬で三蔵に胸倉を捕まれ、物凄い形相で睨まれていた。

「誰に断ってその名を呼んだ」

「……だから、嫌なんだよぉ………」

 震える声をなんとか絞り出して嘆いていると、今度は間に悟浄が割って入ってきた。

「はいはい、もーおしまい! 三蔵サマはおうちに帰りましょうね~」

 そう言いながら三蔵の手を引っぺがし、頭を胸に押し付けポンポンと撫でる。すると、三蔵の体から力が抜けたようだった。

「先輩、大丈夫ですか?」

 恐る恐る犠牲となった先輩の傍による新入社員。

「お、おうよ。これくらい」

「声、震えてますよ」

「やっぱ怖ぇよ~~~~!」

 そう言ってジョッキに残っていたビールを一気に飲み干す姿に、新入社員は労いの気持ちを込めて冷えた生ビールを店員に追加注文した。

「ところで、その『江流』って何なんです?」

「正直わからん。昔のあだ名か何かと思ってるんだが、因果関係がさっぱりわからん」

「じゃあ誰が言い出したんですか?」

「え……誰だったかな。でもたぶん、悟浄だな。自分じゃ効かないけど、こう言えば止まる奥の手だって……」

「へぇ、やっぱり凄く仲がいいんですね」

「ま、あんまり深入りしない方が身のためだぞ」

「そーそー! こんだけ酔ってりゃ覚えちゃないだろうけど、素面の時に言うとすんげー怖いから」

 突然悟浄が二人の間に割って入り、新入社員の肩を叩いて声をかけた。三蔵と荷物を抱えて「お先に失礼しますね」とテーブルの間を縫って歩いて行く。

「久々にご迷惑おかけしてすみませんでした! あっ、ユリちゃん勘違いしないでね? 俺の一番は君だから」

 三蔵の腕を肩に回して半ば引き摺るようにして歩きながら、近くにいた女性社員に次々と声をかけていく悟浄。

 多めにお金を置いて、「じゃ、こいつ送って帰りますんで」と言って出て行った。

「あれで? 付き合ってないんですか?!」

「知るかよ、お前聞いてみろよ」

「え……嫌です」

「そうだろ? 一回勇気あるヤツが聞いて『違う』と言われてから誰も聞けねぇんだよ」

「そうなんですね……」

「ほらほら、飲み直そうぜっ! 冷や汗かいて出てった水分取り戻さねぇと!」

「あ、新しいの注文してありますよ。きたきたっ」

「気が利くな〜! 最高だお前は〜!」

 忘年会はまだまだ盛り上がる中、一方で三蔵と悟浄はタクシーに乗り込み家路を辿っていた。

 三蔵は悟浄にもたれてすやすやと眠っており、こっそり手を繋いだ悟浄は窓に頬杖を着いて走り去る景色を眺めている。

「バカだよな。本気で止めようと思えば止められるのに」

 そう、年に一度か二度の三蔵が泥酔をする時。キス魔になった三蔵を悟浄は敢えて止めずにいるのだった。もちろん、そんなことを周りに悟られるようなヘマはしない。

 ただ、たまには見せつけたいのだ。

 三蔵は俺のもので、俺は三蔵のものなんだぞと。

 タクシーを降り、二人の住む家に帰る。

 三蔵の服を適当に脱がしてベッドに放り込んだ。すると、直ぐに腕を引かれて引きずり込まれる。

「ごじょう……」

「あーもー、仕方ねぇなぁ」

 手に、顔に、口に、ひたすらキスの雨が降ってくる。唇を押し付け、時たま味見をするようにペロリと舐められて。その先へは進まない、触れ合うだけのキス。

 三蔵が泥酔した時だけの、悟浄にとって秘密の幸せな時間だった。

 秘密なのは何も会社の人たちにだけではない。三蔵に対しても秘密なのである。なぜなら、

「ッ頭いてぇ……」

「ほらよ、水」

「……俺は、何かしたか? 途中から記憶がねぇ」

 三蔵は、酔っている間のことを少しも覚えていないのだ。キス魔になるほど酔った時は、毎回記憶を無くすのである。そして、キス魔になることを悟浄は三蔵に伝えたことはないし、周りで見ていた人たちも聞こうとすると三蔵の少し後ろでニッコリ笑う悟浄を見て口を噤む。

 一度、知らぬ間に三蔵へ聞きやがったヤツが現れたと聞いた時には冷や汗をかいたが、三蔵の素っ気ない態度に事なきを得て本当にホッとしたものだった。

「いんや、何も? まぁ飲みすぎで途中で抜けてきたけど」

「今何時だ」

「んー、朝の10時過ぎ?」

「風呂入ってくるから、なんか飯用意しとけ」

「えー、インスタントでいい?」

「何でもいい。悟浄も準備しとけ」

「どっか行く?」

 だが、悟浄にはわかっている。三蔵の下半身にはパンツを押し上げ主張しているものがあり、準備するってのはつまり、アレのことだということを。

「どこにも行かねぇ準備だよ」

「ははっ、わかってるからンな睨むなって」

 さっさと行けと手を振ると、三蔵は舌打ちして部屋を出て行った。

 この後のことを考えると、悟浄も腹の奥にずくんとクるものがあり、思わず唇を舐める。三蔵は覚えていないだろうが、悟浄は記憶がきっちりあるのだ。記憶がある分、三蔵よりも溜まっているものは多い。

「さてと。準備、しときますか!」