単話など

これが愛に変わるまで

にょた初めてでした。

フォロワーさんにのやつ。

現パロ年の差3にょ5です!

 悟浄は、地下鉄の満員電車に揺られながらスマホの画面を見つめていた。

> 今日、よろしくね(^_−)−☆

> えっちな下着で来てね♡

> 楽しみにしてるよ♡

「はぁ……」

 思わずため息をついて、窓の外を見る。地下鉄なので外の景色が見られる区間は少なく、大抵は自分の顔を見つめることになるのだが、

「あ」

 悟浄のすぐ後ろに立っていた人と目が合ってしまった。

 その人は、眉間に皺を寄せて悟浄のことを睨みつけていた。そして、目が合ったことに気付くと悟浄の耳元へ顔を寄せ、やたらといい声で呟いた。

「丸見えなんだよ。自分を安売りしてんじゃねぇ」

「な……ッ!」

 二重の意味で、悟浄は耳を赤くした。ひとつは単にその人の声が良すぎてちょっと耳から感じてしまったことで。そしてもうひとつは、メールの内容を見られてしまっていたことで。

 慌てて耳を押さえ、スマホの画面を閉じた。そうしているうちに電車は次の駅に着き、人の波に揉まれてその人のことも見失ってしまう。

 電車が行ってしまい、人もまばらになった駅のホームで悟浄はポツンと立ち尽くして思わず声を漏らしていた。

「ここ、降りる駅じゃなかったのに……」

 

 悟浄は学校が終わると一度家に帰り、荷物と制服を放り投げるとシャワーを浴びて全裸のまま衣装ケースの前で悩んでいた。

「どれがいいのかなぁ……。つっても、あんま持ってないんだけどさぁ」

 今日会う人は初めてマッチングした人なので、好みが分からない。

 仕方が無いので、両サイドを紐で結ぶタイプの真っ赤なものを選んだ。髪の毛の色と合わせた、今まで外したことのない勝負下着である。

 下着をつけ、少しでも大人っぽく見えるように白いシャツにジャケットを羽織って、黒のスカートを合わせた。

 しっかり化粧をしたら、耳元には細いチェーンのピアス。

 鏡で全身をチェックしたが、高校生には見えない出来栄えである。

「あーあ。これでホントのデートだったら良かったのに」

 そう言いながら思い出すのは、今朝電車でメールを見られてしまった人。低めの心地よいイイ声で、スーツを着ていた。会社員だろうか。印象的なのは綺麗な金髪と鋭い紫暗の瞳。思い返すと、相当なイケメンで悟浄の好みどストライクな人だった。

 あの人とデートならどんなによかったか。だが、無理なことを考えていても仕方が無い。

 悟浄にはお金が必要で、一番手っ取り早く大金を稼ぐ方法が、いわゆるパパ活だったのだから。

「今日の人もいい人だといいんだけどなぁ」

 だが、大抵こういう日に限ってハズレに当たるのである。

「ちょっとさぁ、わかってないなぁ! もっと年相応の服で来てくれない? 制服も持ってきてないわけ?! 信じられないよ!」

「いや、あの……そう言われても……」

「わざわざ君を選んだ意味がないじゃないか!」

「でも、制服で来たらマズイし」

「そんなことわかってるよ! だから持ってくるんだろ?!」

「でも……」

「もういいよ、行こう。でもお金は半分だから。いいよね?」

「はぁ?! そんなの無理に決まって……」

「そんなこと言っていいの? お金、必要なんでしょ? 次は制服持ってきてくれたらちゃんと払うから」

「そういう問題じゃ!」

 腕を強く掴まれ、悟浄は顔を顰めた。嫌だと抵抗するのに、結局のところ力では叶わない。ラブホ街での痴話喧嘩はよくあることなのか、助けてくれようとする人もいなかった。助けを求めたところで、高校生という身分がバレて困るのは悟浄も同じである。あぁ、今日は最悪な日だなと涙目になっていた時だった。

「おい」

「なんだよ!」

「嫌がっているようだが?」

「だったら何? あんたに関係ねーだろ」

「お前はどうなんだ。嫌じゃねーのか?」

「えっ?」

「てめぇに聞いてんだ。どうなんだ」

「君なんなの? マジで邪魔しないで」

「助けて……」

「は?」

「嫌だ。助けてッ!」

「なんだ。言えるじゃねえか」

 そう言うと、その人は男の手首を捻ってアッサリと悟浄の手を取り戻してくれた。それから男に向かって、

「〇‪✕‬‪‪商事の者だな。俺はこういう者だ。文句があるなら直接連絡してこい。できるものなら、な」

 名刺を出した。それを見た男はみるみる青ざめて行き、慌てて走り去っていった。

「あの、えっと……ありがとう……ございます……」

「朝、忠告しただろうが」

「やっぱり、朝の?」

 助けてくれたのは、朝の電車でメールを見られたその人だった。

 じっと見つめられ、思わず悟浄は目をそらす。

「本当に、女はわからん。そうしていれば学生とは思えんな」

「ぇ、あ、そっか。朝は制服だったから」

「とりあえずここじゃ落ち着かん。時間はあるな?」

「うん」

「じゃあちょっと付き合え」

 こうして、悟浄の運命は大きく変わっていくことになるのだった。 

 三蔵に連れてこられたのは、とある高層マンションの一室だった。三蔵とは道中名乗りあい、悟浄も簡単に自己紹介をした。

「高校に通うのに、お金が必要だったんだ。兄貴が無理してるのと、母さんも、お金が必要だから……」

「それで、身売りなんて真似やってんのか」

「毎回あんな人ばっかりじゃないから!  今日は、たまたま……」

「まだ高校生なんだろ」

「そう、だけど。他に方法がなかったんだよ」

 泣きそうな顔で言うと、頭をくしゃりと撫でられた。頭を撫でられるのなんて何年ぶりだろう。髪の毛を直す振りをして、赤くなった頬を隠した。

「言っておくが、未成年に手を出すつもりはない。だが、心配ならここで帰っても良い」

「あのさぁ、さっきまでアタシが何しようとしてたかわかって言ってる?」

「そうか。じゃあこう言うべきだったな。俺に手を出すなよ」

「はぁぁ?!」

 「なんでアタシが」などとプリプリ怒りながら着いてくる様子に、三蔵が小さく笑っていたのを悟浄は見逃してしまっていた。

 そして部屋に入ってから、入り口のオートロックに受付のコンシェルジュ、エレベーターで上がってきた階数を思い出し三蔵がとんでもないお金持ちなのではとようやく気づく。

「……あのさ、さっき渡してた名刺、アタシも貰っていい?」

「こんなもん、お前に必要なのか?」

 言いながら胸ポケットから出した名刺を投げて寄越す。慌てて受け取り、向きを正して見てみると、目に飛び込んできたのは『代表取締役』の文字。

「しゃ、社長ぉ?!」

「ッハ、所詮親から引き継いだだけのお飾りだ。だがさっきの男は見覚えがあったんでな。取り引き先の中の一人だったはずだ」

「それであんな慌ててたわけね……」

「まぁ報告はしておくが」

「うわ、おっかね~」

「お前も、学校に報告してやってもいいわけだが?」

「……」

 途端に悟浄は言葉に詰まる。

 その様子を見て、三蔵はため息をついた。

「心配するな。俺の見てる範囲では未遂だ。今後はわからんがな」

「それで、あんたはアタシをどうしたいわけ? こんな所まで連れてきて」

「お前、茶は入れられるか?」

「は?」

「あとは洗濯と、料理も出来れば尚良いが」

 スーツを脱ぎながら三蔵は奥の部屋に消えていく。悟浄はわけがわからず立ち尽くしていた。

 しばらくして三蔵は上下スウェットで戻ってくると、ソファにドカりと座り煙草を取り出す。

「こっちに来い」

「え……」

 悟浄が戸惑っていると、三蔵は首を背もたれにかけるように振り向いて煙草の煙を天井に向かって吐き出した。

「取って食いやしねぇよ」

「わ、わかってるっ」

 意を決して三蔵の目の前に立つと、隣の空いているスペースをポンと叩いて「座れ」と言う。勢いよくボスンと座ると、「威勢のいい尻だな」とフッと笑われた。

 悟浄は顔を赤くして三蔵を睨んだが、三蔵の笑ってる顔に心臓がキュッとなって余計に顔を赤くしてしまうだけだった。

「今日はそこで座ってろ」

 そう言うと、三蔵は煙草を咥えたままキッチンに向かいゴソゴソと何かを始める。それを目で追いながら、悟浄はソワソワと落ち着かない気持ちだった。

 男の人と二人きりになって、何もしなくていいというのは落ち着かない。だっていつもなら、もう服は脱いでいる頃だ。それなのに、大人っぽく決めた服はまだ床に捨てられず悟浄に着られている。それが何だかむず痒い。こんなの自分らしくない。

「おい、お前砂糖とミルクは……。何やってんだ」

「だって、こんなのおかしい! アタシは、こうすることでしか生きていけない。三蔵に、差し出せるものはこれしかないんだ!」

 三蔵は、ソファで座って待っているはずの悟浄にコーヒーを出そうとしてコーヒーメーカーにマグカップをセットしていた。そして振り返ると、悟浄はシャツとスカートを脱ぎさり、スラリと伸びた手足に白い肌を晒して、赤い髪とよく似た色の際どい下着姿になっていた。

 その目は涙を溜めて潤んでおり、今にもこぼれ落ちそうになっている。

 ぺたぺたと裸足の足で三蔵の元まで歩いてくると、ぎゅっと三蔵に抱きついた。

「抱いてよ」

「何故だ」

「なぜ? 本気で言ってんの? そのつもりで連れてきたんだろ?!」

「手は出さねぇと言ったはずだ」

「嘘だ! そんな人、今まで一人もいなかった!」

「嘘じゃねぇ。服を着ろ」

「どうして? アタシにはそんな価値もない? それとも、これも脱いで……」

「やめろって言ってんだろ!」

 突然三蔵に怒鳴られ、悟浄はビクッと跳ねるとそのまま動かなくなった。そして、みるみるうちに顔が青くなり呼吸が乱れる。

 喉の奥がヒュッと鳴った瞬間、掌が痺れ始め、指先が勝手に震え出した。過呼吸だった。

「深呼吸しろ。怒ってねぇから。俺の声、聞こえるか?」

 三蔵は悟浄を優しく抱きしめると、背中をさすりながら落ち着いた声で声をかける。悟浄も三蔵の温かさと優しい声音に、ポロポロと涙を零しながら呼吸を整えた。

「一旦落ち着け。手は出さねぇが、だからと言って悟浄に価値がないとも言ってねぇだろ。まずは話を聞け」

「っん、う。わかっ、た……」

 しゃくりあげながら、涙で化粧の崩れた顔で悟浄は頷いた。だけど三蔵はそんな悟浄を見ても嫌な顔一つしないで悟浄を抱えあげる。所謂お姫様抱っこと言うやつでソファまで連れていくと、寝室から掛布団を持ってきて悟浄を包み込んだ。

 そしてキッチンからコーヒーを取ってくると、「まるで鏡餅だな」とまた小さく笑った。

「砂糖とミルクは?」

「いらない……」

「そうか」

 自分は砂糖をたっぷりコーヒーに入れ、悟浄にはブラックのままマグカップを手渡してくれる。

 しばらく黙ってコーヒーを飲みながら二人は並んで座っていた。

「それで、三蔵はアタシに何をしてほしいの?」

「それだ」

「は?」

「もうしている。そこにいればいい」

「えっ? それだけ……?」

「ついでに茶でも入れてくれれば尚良いが」

「それって、三蔵にどんなメリットがあるわけ? アタシがいても邪魔になるだけじゃん」

「気が向いた。それだけだ」

 そして、三蔵は再び悟浄を眺めてまたフッと笑った。よっぽど鏡餅が気に入ったようだった。

「さて、とりあえずその顔綺麗にして来い。風呂は沸かしてあるから入っていい。服は女物はなくてすまないが、あるものを貸してやるからそれでも着とけ」

 あれよあれよという間に掛布団を引っぺがされ、再びお姫様抱っこで浴室まで連れていかれた。

 なんとなく、いつもなら脱いだ後放り投げる下着を綺麗に畳んで置いておく。

 クレンジングオイルなんてもちろん置いてなくて、ついでに洗顔専用のボトルも見当たらず、ボディーソープを泡立てて何度か顔を洗った。

 鏡を見ながらなんとかマシになったところで、湯船に身体を沈める。

 

「これって……どういう状況? アタシ夢見てない?」

 トントン、と浴室のドアを叩く音がして、思わず胸を腕で隠して返事をした。

「な、なに?!」

「着替え、置いとくからな」

「あ、うん。ありがと」

 三蔵の影が見えなくなると、悟浄はぶくぶくと湯船に顔を沈めた。

「ごぼごぼごぼ……」

 ぶはっと顔を上げると赤くなった顔を両手で挟み、再び顔を沈めて叫んだのだった。

 夢なら覚めないで、と願いながら。

「お風呂、ありがと」

「さっきよりマシになったじゃねえか」

「……あれ、高かったんだけど」

「俺はそっちの方がいい」

「あ、そ」

 三蔵のものにして小さめな短パンとTシャツが用意されていたので、悟浄はそれを着ていた。三蔵によれば、たまに遊びに来る親戚の子のものらしい。

 下着だけは替えがなくて、着ていたものを着るしかなかった。ちょっと気持ち悪いが仕方がない。

 「食事にしよう」と言われ、テーブルの上に置かれたご飯と餃子を二人で食べた。

 ちなみに、冷凍庫には冷凍餃子がみっちり詰まっていた。三蔵によると、米を炊くことと餃子を焼くことだけは覚えたが、基本的に料理はしないらしい。

「肉と野菜が入ってるから、いいんだよ」

 効率厨みたいなことを言い出すので、次はクレンジングオイルと食材を持ってくることを心のメモに足しておいた。

 食事が済むと、三蔵は仕事があると言って書斎らしき部屋に引っ込んでしまった。することのなくなった悟浄はスマホを開いて見てみるが、マッチング用のメールアドレスに未読通知が溜まっているのを見てまたすぐに画面を暗くした。

 どうせ今日の男が何か送ってきているのだろう。それを見るのも嫌だったが、新しいマッチングを探す気にもなれなかった。

 ソファに横になると、どっと疲れがやってきたのか身体が重たく感じて瞼が落ちてくる。ダメだと思っているのに、身体は動いてくれないし瞼も開かない。

 そのまま、悟浄は夢の中に落ちていってしまうのだった。

 ーーーー夢を見た。

 母さんが笑ってて、兄貴がそれを遠くから見ている。

 アタシは母さんと手を繋ぎ、兄貴に「早く来いよ!」と手を振っていた。

 温かくて、眩しくて。

 被っていた帽子が風に攫われて、あっと手を伸ばした瞬間、突然現れた崖から落ちていく。

 母さんは崖の上でアタシを見ながら嬉しそうに笑ってて、兄貴の姿はどこにも見えない。

 底の見えない暗闇に落ちていくのが怖いのに、手を伸ばす宛もなくて。

 ぎゅっと目を閉じた時、誰かに後ろから抱きしめられた。そうしたら、崖も暗闇も見えなくなって、月が輝く花畑にいた。

 名前も知らない可愛らしい花が咲きほこる花畑の中で、アタシは誰かに抱きしめられている。

 振り向きたいのに、振り向けないほど強く抱きしめられていてちょっと苦しい。

「なぁ、苦しいってば■■■■」

 誰を呼んだんだろう?

 アタシは、一体誰をーーーー。

「ン……」

 目が覚めると、見慣れない部屋に一瞬混乱した。

 昨日の記憶を引き寄せ、三蔵の家に来てソファで寝落ちた所まで思い出す。だが、今いるのはソファの上ではなくて。

「あの、三蔵……?」

 真っ白で綺麗なシーツに、昨日包まれた掛布団。そして、後ろから悟浄を抱きしめているのは三蔵だった。完全に抱き枕である。

 お腹に手を回され、足は絡め取られ、首元にある三蔵の頭からは何だかいい匂いがする。

 快楽に敏感な身体が反応しそうになるのを慌てて振り払い、悟浄は三蔵の身体を優しく揺すった。

「なぁ、起きろって。三蔵ってば」

「ん……」

 三蔵は悟浄の肩に顔を押し付けると、悟浄を強く抱きしめ直す。

「ちょ、苦しいってば。ねえ、起きてよ」

 お腹に回された手の甲を軽く抓ると、三蔵の手が嫌がるように離れていった。その隙にするりとベッドから抜け出し、悟浄は三蔵をもう一度揺らす。

「三蔵〜。アタシまだよくわかんないから、色々教えて欲しいんですけど、お?!」

 突然伸びてきた手に捕まれ、悟浄は再びベッドの上に戻されてしまっていた。今度は正面から抱きしめられる形で、三蔵の見た目より筋肉の付いている身体と、朝勃ちしている下半身に悟浄の心臓が大きく脈打ち始める。

 落ち着こうと深呼吸したところで、三蔵の匂いをめいっぱい吸い込んでしまった悟浄はキャパオーバーで目を回してしまった。

「あ、無理、かも」

 そして、そのまま二度寝に突入することになってしまうのだった。