空のカケラ
最悪の出会い
pixivに投稿した後、非公開にしてたシリーズ。
初めに注意事項がございます。
今回、このお話は実際にあった航空事故を一部題材としております。よりリアルな世界観で表現したかったため、当時の記事や資料を参考とさせていただきました。そのままコピーペーストはしておりませんが、気分を悪くされる方もいらっしゃるかと思います。大々的に扱ってはいないのですが、各所でキーワードとなってきます。
苦手だ、嫌だ、という方は読むのをご遠慮いただきますようお願い致します。
また、このお話はあくまで最遊記の二次創作物となります。拙い航空機知識を搔き集めてはみましがた、矛盾やおかしな点が多々あるかと思います。大目に見て頂ければ幸いです。
飛行機が、空港という場所が、そして何より最遊記が好きだという気持ちだけで気合で書いてます。
まだあまり三浄要素はないです。八戒がたくさん出てきます。
三蔵→パイロット
悟浄→整備士
八戒→パイロット
悟空→後に登場
補足として、光明と桃醍さんもパイロットです。
ではどうぞ。
最年少で機長へ――――亡き義父の想いと共に飛ぶ
一九九×年九月十四日、全桃源空輸(ぜんとうげんくうゆ)(ATA/TL)の玄奘三蔵(25)が
東京(羽田)・名古屋(中部)間で国内最年少の機長として着任した。これは世界的に見ても
快挙となる。同機は無事東京を出発し、定刻通りに名古屋へ到着した。玄奘氏は、そのま
ま折り返しで東京行きの航空機でも機長の務めを果たした。フライト後に我々の取材に応
じてくれた玄奘氏は「義父のお陰です。これからも、頑張ります」と答え、一礼すると足
早に去っていった。
玄奘氏の両親は幼い頃に交通事故で亡くなっており、故光明氏の養子となった。故光明氏
は全桃源空輸における史上最悪の航空機事故で機長を務めていた。一九八×年九月十四日
午後四時十三分、奇しくも玄奘氏の機長着任と同じ日に起きた航空機墜落事故はまだ記憶
に新しいのではないだろうか。光明機長の操縦する機体は東京(羽田)・大阪(伊丹)間を巡
航中、群馬県の山中に墜落し、多くの犠牲者を出した。当時の事故調査委員会は、アーノ
ルド社の修理が不適切だったことによる隔壁の破損が事故原因と結論付けた。光明機長は、
桃醍副操縦士と共に最善を尽くしたが航空史上最悪の死者数となってしまった。街中を避
け、山中に墜落したことは機長の判断であったことがボイスレコーダーから判明している。
玄奘氏は当時12歳であり、その後、孤児院で育った。高校卒業後、最短で機長になるため
に必要な資格を取得した。幼少期から天才と呼ばれるほど勉学への才もあったが、他人を
寄せ付けない独特な空気も持ち合わせており、周囲からは「修羅か羅刹のようだ」と畏怖
されている。義父と同じ職を目指した心中は一貫として口にしようとはしない。
これからの全桃源空輸と玄奘氏の活躍に期待が持てるだろう。
(一九九×年九月十五日、天竺新聞)
着陸コースに差し掛かると、数㎞先の地表に空港の滑走路が見えた。今日は晴天のお陰で視界が良い。管制塔からの着陸の許可も既に貰っているので、定刻通りの到着となりそうだ。速度を最低限まで落として背面のエアブレーキを立てつつ主脚(メインギア)を接地、接地後も機首上げ姿勢を保って減速する。首脚(ノーズギア)を滑走路に落とすのは、機速が充分に落ちてからだ。着陸後の地上走行(タキシング)も、滑らかに進んでいく。
隣では副操縦士の八戒が機内アナウンスをしていた。本当は三蔵がするべきなのだろう。だが、三蔵が機長となってから一緒にフライトをする機会も多く、三蔵のことを天才だなんだと揶揄せず同世代の友人として接してくる八戒とは付き合いも長い。三蔵があまり喋りたがらない(口を動かすのが面倒だから)のを知っている。周りはそれを『玄奘は常に不機嫌なのだ』と思っているらしいが。それを否定するのも面倒で、特に訂正したことはない。
「皆様、当機は東京・羽田空港に到着致しました。安全のため、機体が完全に停止し、ベルト着用のサインが消えるまでお座席に着いたままお待ちください。ただ今の現在時刻は…」
「Ladies and Gentlemen, we have arrived at Tokyo, Haneda Airport.
We will now taxi you to the gate, please remain seated until the aircraft comes to a complete stop and the seat belt sign is off…」
乗客に見えるわけでもないのに、八戒は笑顔でアナウンスを続ける。その間に三蔵はマーシャラーの誘導に従い、ゆっくりと機体を停止させた。
「三蔵、お疲れ様です」
「ああ」
国際線でロンドンのヒースロー空港からのフライトだったため、時差ボケと疲れを早くなんとかしたかった。つまり、さっさと帰って早く寝たい。フライトは八戒と交代で、操縦席後方のベッドで休憩もしているけれど、どうしても熟睡はできないため気怠い感じは否めなかった。しかし、デブリーフィングに出なければいけないし、まずは乗客の見送りをしなければならない。眉間を軽く指で揉んで、仏頂面から無理矢理笑顔を作る。八戒に言わせれば「それは笑顔ではなく、せいぜいニヤッと笑った程度ですね」なのだが、これ以上どうしようもできなかった。乗客もどうせ、降りるときに機長の顔なんざまともに見ていないだろう。だがこれのせいで機長の資格を取る時に一度危うくなりかけた経験がある。しかし、フライトの実技試験と筆記で圧倒的な高得点を叩き出すことで大目に見てもらえたのだった。
「三蔵、明日は休みですか?」
「ああ」
「僕からも、よろしく伝えておいてください。これからも、三蔵を見守っていてくださいと」
「なんで俺が…」
「その方が、きっと喜びますから。あなたどうせ、お久しぶりです、くらいしか言いそうにないですし」
飛行機から降り、オフィスに向かいながらそんなことを言われる。
――――明日は、義父光明の命日だった。
この日は毎年有給の申請を出している。会社側もその日だけは毎年気を使ってか二、三日休みをくれるのが常だった。
「僕は次、北海道なので。お土産何がいいです?」
「……蟹」
「ナマモノは面倒なんですけどねえ」
「じゃあ聞くな」
「はいはい。ちゃんと宅配便受け取ってくださいね?」
その後、オペレーションセンターで八戒と共にブリーフィングを終えた三蔵は、足早に退社した。
*
三蔵は空港まで車で通勤している。電車は人が多くて早々に諦めた。人混みに突っ込んでいくくらいなら、渋滞に嵌っている方がいくらかマシだった。三蔵は愛車の黒色のファントムに乗り、すっかり日の暮れた空港から走り出す。自分の車に乗り込んでから、腹が減っているなと気づいた。食堂で軽く食べてくれば良かったなと、少し後悔した。
空港内にある社員食堂の質はなかなか良い。パイロットのために栄養バランスを考えたメニューから、外で体力仕事をこなし、腹を空かせてやってくる整備士たちのためのボリューム重視のメニューまで、その種類は豊富である。そして値段もそれほど高くない。昼時になるといつも混みあっていた。
家に帰っても大して食材はなかったなと思い、仕方なく三蔵は帰り道にあるコンビニに寄った。そこでおにぎり二つとコーヒーと煙草、ついでに帰ってからの食糧用にとカップラーメンを買った。普段なら栄養バランスを考えた食事を取るのだが、何故だか、無性に…そういういかにも体に悪そうなものが食べたくなった。ついでに言えば、久々に手に入れた連休にあまり動きたくなかったというのもある。
コンビニの外で煙草を一本吸い、コーヒーを飲む。ふっと、肩の力が抜け空を見上げた。日本に入ったあたりから、今日はよく星が見えそうな天気だなと思っていた。思った通り、空は満点の星空である。まだ空港からそう離れていないため、街中に比べれば星はよく見えた。いくら飛行機を飛ばしたとて、この空を人類が制することはできない。なのに、人類は集団を作り、国家を作り、それぞれの領空という名で空を区分けしている。本当に、くだらないと三蔵は思う。しかし、それの必要性もまた理解しているから黙っていることしかできない。所詮、自分も集団の中の一人なのだ。いくら天才だなんだと言われても、できることなどたかがしれている。
こんなとき、義父光明ならなんと言うだろう。
ふと、そんな思いに駆られた。明日が命日だからだろうか。
「はあ…」
煙草の火を消し、コーヒーの紙コップを燃えるゴミのゴミ箱に突っ込んで、三蔵は再び車を来た方向へと走らせた。
*
車を駐車場に止め、忘れ物をしたと言って再び空港内へ戻る。三蔵はオペレーションセンターへは向かわず、そのまま飛行機の格納庫へと向かった。
大型の旅客機の格納庫は全て閉まっていたが、奥の方の比較的小さい(とは言っても近くで見れば充分大きい)飛行機が眠っている格納庫から明かりが漏れていた。歩いていくと結構な距離があったが、ここで引き返すつもりもない。明かりの漏れている方へと歩いて行く。格納庫の前まで来て、三蔵は少し躊躇った。ノックをするべきだろうか。
「誰かいんの?」
迷っていると、中から声がした。同時に、ドアが開かれパッと光が目に飛び込んでくる。眩しくて目を細めていると、声の主が現れて光が遮られた。
「ああ、ごめんごめん。眩しかった? なんか用?」
「いや、用があるわけではない」
「じゃ、こんな時間に美人が…まさか、俺に会いに来ちゃった?」
「んなわけあるか。初対面だ。貴様には用は無い」
「何、パイロット様は飛行機にしか興味ないって? アンタ、童貞だろ」
「殺すぞ」
「あー怖い怖い。俺は作業してるから、邪魔しないなら好きに見てっていいよ」
「貴様に用は無いと言っているだろう」
「へいへい」
中には男が一人いるだけのようだった。派手な赤い長髪。三蔵よりも目線の高い身長に、長い手足。印象は、最悪。軽そうな受け答えにパイロットを馬鹿にしたような態度が心底イライラさせる。
いつまでも入口に突っ立っているわけにもいかないので、一応「邪魔をする」と言って中に入った。赤髪(名前を聞いてないのでそう呼ぶしかない)は、こっちを見ずに手をヒラヒラと振って返事をした。それすらもイライラする。
赤髪とは反対の方に歩いて行き、飛行機を見上げた。
白く、つるっとしたボディ。自社を表すロゴやラインが入り、中央あたりから両翼に広がる翼。窓も一つ一つ磨きこまれているのがよくわかる。移動して見ても、指紋一つ見当たらない。まるで『私に触ってごらんなさい』というように。
――――こんなにも、美しいのに。
これが、光明の、そして多くの命を奪ったのだ。
なんて美しく残酷なんだろうと思った。
ぐるりと回りを一周する。赤髪は飛行機の下に潜り込んで作業をしていて、下半身だけが覗いていた。地面をコツコツとノックする。
「んあ? 終わった?」
「ああ、邪魔したな」
ゴロゴロとクリーパーを転がして下から這い出てきた悟浄は、汚れた軍手で顔をぐい、と拭っている。汚れたぞとは教えてやらず、そのまま出口へ向かった。
外はもうすっかり暗くなっていて、外灯が灯されていた。
格納庫のシャッターに凭れ、ポケットから煙草を取りだす。赤いパッケージの煙草を一本咥え、火をつけた。ゆっくりと煙を肺に吸い込み、上に向かって吐き出した。思い立って飛行機を見に来たが、逆に落ち着かない気分になってしまった。丁寧に磨きこまれた機体が目の裏でチラつく。さっき食べたコンビニのおにぎりが逆流してきそうだった。
突然、パッと明かりが外に漏れだし、さっきの赤髪が顔を出した。
「あれ、煙草の匂いがすると思ったら、まだいたんだ」
「いちゃ悪いか」
「いんや、別に。俺もいい?」
「……好きにしろ」
正直良い印象を持っていない奴と隣り合わせで煙草を吸うのは気に食わなかったが、先ほど感じた吐き気が治まったのでそのまま煙草を吸い続けた。隣で赤髪も煙草を取りだし火をつけている。見慣れない青いパッケージを持っていた。
「ところで、質問しても?」
「なんだ」
座り込んで煙草を吸っている赤髪を見下ろす。
「どうしてこんな時間に飛行機なんか見に来たの」
「てめぇには関係ねぇ」
「あっそうですか」
ふーっと、煙を吐き出してお互い無言になる。そして不意に、赤髪が言葉を発した。
「なぁ、10年くらい前に起きた飛行機事故、覚えてる?」
お互いの年齢もわからないのにさっきからタメ口なのはコイツの癖だろうか。あまりにも唐突すぎて、赤髪の発した言葉が脳に伝達するまでに関係のない感想が頭を過った。
「あ、ごめん。知らないなら別にいいんだ。忘れて」
「俺もパイロットの端くれだ。それくらい知っている」
嘘だ。
本当はパイロットにならなくたって、嫌というほど知っている。
「なんでかわかんないけど、アンタに聞いてみたくなって…」
こちらを見ないまま、赤髪は言葉を続ける。
「あれ、アンタも整備士のせいだと思う?」
「当時の航空事故調査委員会がそう結論付けている」
「俺、本当にそうだったのかなって」
「…どういうことだ」
赤髪は短くなっていた煙草を携帯灰皿に押し付けて、新しい煙草に火をつけた。
「信じられないんだよね、俺。同じ仕事してっから尚更かな」
「じゃあなぜ墜落したと思うんだ」
「それは、俺もわかんねぇけど。もっと被害を少なくできなかったのかなって」
「……」
確かに、もう事故に関する調査は打ち切られている。あれから何年も経っているし、今更蒸し返そうなんて思うやつはいないだろう。しかし、原因が何だったかはもはや問題ではない。飛行機が墜落した。その事実だけが目の前にある。
――――それなのに。
「それは、パイロットがもっとうまくやれたんじゃねぇのか、ってことか」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
「じゃあどういうつもりか言ってみろ!」
許せなかった。
コイツが事故原因をどう思おうと知ったことじゃない。だが、もっとうまく飛行機を飛ばせたのではないかという、コイツの知ったような口ぶりが三蔵の怒りを一気に沸点まで引き上げた。
煙草を地面に捨て、赤髪の胸倉を掴む。赤髪は座っていたため、半分腰を浮かせたような状態で慌てて煙草を口から吐き出した。
「てめぇは当時の何を知ってる?!パイロットの何を知っている!知った風な口利いてんじゃねぇ!」
「な、なんだよ、アンタがパイロットだからってそんなに怒んなくても」
「いいことを教えてやろう」
赤髪をシャッターに向かって放り投げ、さっき投げ捨てた煙草を拾って携帯灰皿の中に押し込んだ。
「俺の名前は玄奘。玄奘三蔵だ。その空っぽな脳ミソでも名前くらいは聞いたことあるだろ? 当時機長を務めた光明の養子だよ」
「え、あ、さんぞ…え?」
「今日は邪魔したな。もう二度と来ねえから安心しろ」
尻もちをついて呆けている赤髪を残し、三蔵は来た時よりも足早に空港を去った。
*
最悪な気分でファントムを走らせた。普段より荒っぽい運転をしていたため、途中で警察に出くわさなかったのは幸運だろう。何キロで走っていたかなんてもう覚えちゃいない。
家にたどり着くと鍵を開けるのすらもどかしく、バタンと強めにドアを閉めた。
何も考えたくなくて、体に纏わりついた何かを洗い流したくて、三蔵は風呂場へ直行する。熱めのお湯でゴシゴシと身体を擦った。頭も二回洗って、とにかく体が赤くなるほどシャワーを浴びた。
風呂場から出るとパンツとスウェットの下だけ履いて、冷蔵庫からビールを取りだして一気に飲み干した。頭からぽたぽたと水が垂れているのもお構いなしで、ガシガシとタオルドライをしただけでベッドに倒れこんだ。
「…ッチ」
目を閉じれば目蓋の裏に映るのは白くて指紋一つない機体と、赤い髪。シーツをかき抱いて必死に忘れようと思うのに、あの艶めかしい機体が頭から離れない。
そういえば、今日はヒースローから帰って来たんだったとふと思い出した。疲れているから、いつものようにうまく自分を制御できない。ちらつく赤い髪にいちいちイライラして心を乱される。
「父上…。あなたは最後に、何を思っていたんだ……」
多くの遺書や遺品が見つかる中、光明は何も自分に残していってくれなかった。もちろん、機長がそんなものを書き残したりしている暇がなかったのは理解している。唯一受け取ったのは、ウイングマークだけ。少し黒く汚れたそれを直視できたことはなく、いつも引き出しの奥にしまってあった。
結局その夜、目を閉じてなんとか眠ろうとしてみたものの何度も目が覚めてしまい、三蔵は浅い眠りを繰り返した。窓の外が明るくなってきたころ、寝る前より疲れているような気がする体を引き摺って、墓参りへと向かった。