単話など

添い寝

同時発行した35/53アンソロジーの35に掲載したお話です。

テーマは「俺の知らない」or「俺しか知らない」でした。

私はどっちも!にした気がします。強欲。

 三蔵は、大抵が一か十かはっきりしている。

 例えば、近くに恋人がいるからといって人前では絶対にイチャつくことはしない。

 三蔵相手に限って言えば、それは俺も同じだけど。

 男だとか女だとかを抜きにしても、人前で三蔵と手をつないだりキスをしたり……。そういった『恋人らしいこと』をするところが想像できない。

 でも、ほんの少しだけ、本当にほんのちょっとだけだけれど、『恋人らしいこと』をしたいと思わないでもない。

 ……と、思う。たぶん。

 この、俺様で、すぐ銃をぶっ放す美人は俺のものだぞって見せつけたいような。そういった気持ちが全くないわけでもない。

 俺は別に三蔵の態度が不満な訳では無い。俺が相変わらずオネーチャンたちと遊ぼうが、昼間に街を四人で歩いている時にナンパしようが三蔵は知らん顔だ。今までのスタイルを変える気はない、と顔に書いてあるようにも見えたので俺も今まで通りに行動している。変わったことといえば、夜に出歩くことが減ったくらいだろうか。

 そんな三蔵が、偶然相部屋の宿が取れた時に俺のベッドに潜り込んできた。

 何も言わずに始めるなんて珍しいな、なんて馬鹿げたことを思って、いつもと違う展開にちょっと期待をしていたら、なんと三蔵は俺の頭を抱えこんでそのまま寝入ってしまったのである。

「マジかぁ……」

 三蔵の腕は細くて白くて、目の前にある身体からはなんだかイイ匂いがするし、上から安らかな寝息が聞こえてくるし……。ベッドは狭くて足を曲げなければならなかったけれど、俺は観念して、寝た。

 またしばらくして、街に着いてから二人部屋が取れた日のことだった。

 野宿が続き、ようやく街に着くといった直前に妖怪の大軍に襲われ、俺たちは疲れきっていた。服も体も埃まみれで、宿に着くなり八戒の命令でシャワーを浴びて洗濯物を出さなければならなかった。もうシャワーなんか適当でさっさとベッドに横になりたかったが、そんなことをすれば自分の服だけ埃まみれのままで翌日を迎えなければならない。背に腹は代えられないと悟ったのは三蔵も同じようで、一応俺なりに気を使って先にシャワーに行かせてやった。三蔵は何とも思っていないだろうけれど。

 俺がシャワーを浴び終わって八戒のところに洗濯物を持っていき、部屋に戻ってみると三蔵は自分のベッドで既に横になっていた。俺もさすがに、街に繰り出すのは起きてからでいいかと自分のベッドに倒れ込む。シーツをかけるのもそこそこに、早速ウトウトし始めた時だった。

「さんぞ……?」

 あの時と同じく、足音と衣擦れの音と共に、三蔵が俺のベッドに潜り込んできたのである。何も言わないのが逆に恐ろしくて振り向くこともできず、また頭を抱え込まれてそのまま三蔵は動かなくなった。

「え、ちょ、三蔵?」

「うるせぇ、この、まま……すぅ」

「うっそーん」

 狭いシングルベッドの上でぐいぐい壁際に押されて狭くて足が収まらない。三蔵の法衣がまとわりついて暑いし重いし、さっきまでのは狸寝入りだったのかと怒りすら湧いてくる。

 だが、起こすとすこぶる機嫌の悪いことも知っているし、俺ももう眠気の限界だった。

 熱い程の温もりを背中に感じ、結局悟浄はそのまま眠りに落ちていった。

 はずだった。

「ちくしょう。眠れねぇ!」

 どうにもこうにも、暑いわ法衣は鬱陶しいわで眠れない。

 季節的にはまだ我慢できる気温。夜は窓を開ければまだほんのりと冷たい風が入ってくるので、それで我慢できる。泊まる宿の全てに冷暖房が完備してあるわけではないし、野宿の日も多いので、冷暖房がなくても平気ではある。もちろん、あればありがたく使わせていただくけれど。

 「なんでこいつは、こんなに寝れンだよ」

 俺の上に乗っていた三蔵の腕が寝返りを打ったときにどいたので、俺は三蔵の方に向き直った。ついでにまとわりついていた法衣を足で蹴飛ばす。毎日毎日こんな服でよく眠れるもんだと感心してしまう。

 寝返りついでに、反対を向いてしまった三蔵の白い項を眺めた。そういえば、こんなにじっと三蔵を眺めていられるのも珍しい。

 「ったく、暑いっての」

 どんな面して寝てるのかと、文句の一つでも言ってやろうと腕を伸ばして三蔵の顔を無理やりこちらへ向ける。起きるかな、とも思ったが、予想に反して三蔵は眠ったまま。簡単に首が動いた。だが一瞬、眉間にぐっと皺を寄せる。ヤバい、と固まっている間に、顔と一緒に腕も悟浄の方に戻ってきてしまった。収まりが良いようにか、ぐっと悟浄を抱きしめ直した三蔵はまた安らかな寝息を立て始める。ほっとして、力の抜けた三蔵の腕から少し顔を離し、改めて寝顔をまじまじと見つめた。

 「そうしてれば、ちょっとは可愛げもあんのに」

 肌は白く、少し乾燥しているようだけれど触るとすべすべしている。眉毛は俺よりちょっと太くて、髪と同じ綺麗な金髪。唇は思っているより厚く、ふにふにと柔らかい。キスはするけれど、こうして指で触ることはほとんどないからなんだか新鮮だった。

 ふにふにと唇を触っているうちにだんだん悪戯心が湧いてきて、他の場所も触ってみることにした。すべすべの頬を撫で、眉を指先でなぞり、瞼や鼻筋も撫でてみる。こうして悟浄があちこち触っているというのに、三蔵は一向に起きる気配がない。こんなこと、悟空だってできないのではないだろうか。そう思うとなんだか嬉しくなった。

 「まあ、たまにはいっか」

 頭の下の腕はいい感じに収まらなくてなんだか寝心地が悪いし、三蔵に抱きしめられているせいで満足に寝返りもうてない。さらに、このまとわりついてくる法衣には心底うんざりする。だが、こうして自分だけがこんなに無防備な三蔵を見ることができるのだと思うと、そんなことは些細なことに思えてしまうのだから、ズルい。普段の態度からのギャップも相乗効果を発揮している。

 そうして三蔵の顔をさんざん眺め、撫でまわし、満足したところで悟浄の意識はゆっくりと眠りに落ちていった。

 「ん~~~~~~首いてぇ……」

 「どしたの、悟浄。寝違えた?」

 「あーまぁ、そんなとこ」

 「今日は買い出しに行って、出発は明日にしますからね」

 「マルボロ赤、ソフト」

 遅めの朝食を食べに食堂に行くと、既に他の三人は揃っていた。やはり三蔵の腕枕が収まり悪いままだったせいで首が痛い。枕の高さと三蔵の腕の太さと俺の首の形が、絶妙にマッチしていなかった。三蔵はと言えば、悟浄が起きた時には既に部屋の中におらず、食堂でのんびり食後のコーヒータイム中である。

 「ったく、何考えてんだか全然わかんねーよ」

 「悟浄、何かいいました?」

 「いんや。別に」

 「僕と悟空は買い出しに行ってきますからね」

 どんな顔をすればいいのか、わからない。

 今まで通りにするのは簡単だ。文字通り、今まで通りにすればいいのだから。バカみたいなことを考えているのはわかっているけれど、つまり、俺にとって難しいのは、今までと違うことが起こった時の対処の仕方だということ。

 戦闘中は条件反射的に体が勝手に動くから、別に新たな敵が来ようと関係ない。これは、三蔵に関しての話。

 最初、三蔵が俺に『恋人らしいこと』を求めているとわかったときはめちゃくちゃ動揺した。どうしていいか、わからなかった。今でも俺のどこに惹かれるのかが全く理解できない。でも強引に迫ってくるし、チェリーちゃんのはずなのに俺はあっという間に組み敷かれているし、何が何だかわからない内に俺はぐったりとベッドに沈んでいた。

 かと思えば、普段は涼しい顔して高慢な最高僧様を貫いている。俺を振り回すなと何度も言ったのに「振り回されていると思うのは、てめぇが本気で嫌だと思ってねぇからだろ。嫌なら全力で抵抗してみろ」などと訳の分からない持論を抜かしやがった。抵抗しても抵抗しても迫ってくるくせに。どこにそんな力隠し持ってんだ、っていうくらい、捕まったら抜け出せない。あの目に射抜かれると、動けない。

 結局俺は、三蔵にどこに惚れたんだろう。

 見た目?

 でも、なんかちょっと違うような……。

 「うーーーーん」

 「さっきから煩ぇ」

 「うーーーーーーーーん」

 「……」

 「うーーーーーーーーーーーーーん」

 「煩ぇっつってんだろ!」

 スパコーン、とハリセンで叩かれた。いてぇ。

 結局バカな俺は、こんなこと考えたって明確な答えが出るわけないだろうと思った。好きになった方には明確な理由があるんだろうけれど、好かれた方は『好きになられたから好きなった』というだけなのだ。きっかけは、そんなもんだろ。そうじゃなきゃ、そもそもそいつのことをよく知ろうとする理由もない。まあ俺たちの場合、知らざるを得ない状況ではあるんだけれども。

 確かに顔は美人だなあと、初めて会ったときから思っていた。三蔵のどこが好きかと問われれば、最初に答えるのはこれだろう。しかし今は、三蔵に対して思うのはそれだけではない。ちょっとずつ、良いところも嫌なところも増えていく。

 「なぁ三蔵、なんで最近俺のベッドで寝んの?」

 「……その方が、疲れが取れるんだよ」

 「俺は、ちょっと疲れる」

 「知らん」

 「えー……」

 ふん、と。三蔵は相変わらず踏ん反り返って新聞を読んでいた。八戒と悟空が買い物に行ったので、俺と三蔵は部屋に戻って何をするでもなく思い思いに過ごしている。

のんびりと、穏やかな日和。妖怪どもも、こんな日に襲うのは止めよう、とか言っていたりするのだろうか。

 それから、俺と三蔵が相部屋になる度に三蔵は俺のベッドで眠った。だんだん習慣化してきて、今ではもう俺がウトウトする前から堂々とベッドに潜り込んでくる。一度面白かったのは、片腕はずっと腕枕をして俺に触れているというのに、もう片方の手が俺の腹の前辺りを探っていたことだった。銃か煙草でも探しているのかと思ったが、俺の腹に触れるとぎゅっと抱きしめてそのまま動かなくなった。つまり、寝ぼけて探していたのは俺……だと、自惚れてもいいのだろうか。

 一人で笑いが込み上げてきて、なんだかちょっと三蔵が可愛く思えてしまった。これが、惚れられた方の弱みなのかもしれない。惚れた弱みっていうのはよく聞くけど、逆ってもっとやっかいなんじゃないかと、ふと思った。

 俺の知らないお前を見つける度に、俺はちょっと嬉しくなってしまうんだ。そして同時に、きっとこれは俺しか知らないんだろうなと優越感に浸ってしまう。普段は涼しい顔した高慢な最高僧様なだけに、それはきっと、他の人よりも効果は絶大で。結局は、そういうところに少しずつ絆されてしまったのだ。それを一つずつ、あれもこれもと数えることはわざわざしない。

 なあ、三蔵。

 これからも、俺の知らないお前を俺に教えて。

 教えることがなくなったら、俺は優越感に浸るから。

 俺しか知らないお前に、浸るから。

 だから……。

「今日も一緒に、寝るだろ?」