夜の果てまで

束の間の休息

 悟浄が三蔵に支えられるようにして魔法塔から出てきた時、特に八戒には大いに心配された。

 悟空はすぐに悟浄の魔力が入った時と何か違うと気づき、そのせいで八戒の心配に拍車をかけた。

 何はともあれ安全な場所で休養をと、悟浄が転移酔いから回復するのを待って―――水筒の中の玲蜜水はカラだった―――再び聖光宮の角部屋まで移動することとなった。

「で、何があったんですか?」

 最初に来た時と同じように、ジープには外で見張りを頼み、八戒が壁に近づいて結界魔法をかける。

 今度は最初から四人でキッチン横のテーブルに悟浄と三蔵、悟空と八戒がそれぞれ横並びで座った。

 悟空は黙って悟浄を見つめ、八戒は三蔵を問い詰める。

「失敗した」

「なにが、どう失敗したんですか」

「魔力を悟浄に少しずつ入れるつもりだった。だが、想定以上に引っ張られた」

「それで?」

「転写陣を焼いて強制的に止めた」

「そんなことはいいんです。悟浄に何が起こったんですか」

「魔力過多で死にかけたから、対処した」

「なんですって?!」

「いや、あの八戒さん……? 俺はほら、無事ですよ~」

 三蔵に掴みかからん勢いの八戒に、悟浄は思わず口を挟んだ。

 これ以上追及されて困るのは、自分だ。

「八戒落ち着けって。俺は無事だろ? 三蔵も、しばらく神殿での実験は辞めるって言ってるし」

「だからもっと慎重にやるべきだと……」

「ねぇ。俺も聞いていい?」

 その時、珍しくずっと黙っていた悟空が口を開いた。

 驚いた八戒も、隣にいる悟空を見て、その真剣な眼差しに浮きかけた腰を下ろす。

「ええ、どうぞ」

「あのさ、悟浄の中の魔力の流れがちょっと大きくなってると思う。近くにいる微精霊が増えてるし、もしかしたら魔法も使えるかもしんない。それとうまく言えないんだけど、三蔵の魔力に似てる? っていうか、混じってる? 感じがする。同じ匂いがするもん」

「「「……」」」

 悟浄は思わず、襟を引っ張り自分の服の匂いを嗅いだ。

「おい」

「いや、臭くないかなって」

「―――殺されてーのか」

「ウソウソウソ! 冗談だって! 銃をしまえ!」

 三蔵が中空から銃を取り出し、悟浄に向けている。

 それを横目に見ながら、八戒は目を閉じて唸っている悟空に問いかけた。

「あの、悟空? その匂いが同じっていうのは、身体の匂いってことなんですか?」

「それもそうなんだけど、魔力の匂い? んー、雰囲気っていうのかなぁ……」

「それは恐らく、三蔵を介して魔法塔の魔力を受け取ったせいでしょうね。そして、魔力の流れに関しては一度許容量を超える魔力を得たことで、保有できる最大値が増えたと考えるのが自然でしょう」

 そして、八戒は未だ揉みあう二人をじっと見つめ―――、

「身体の匂いが同じというのは、つまり、魔力過多の対処の際にそうなったと考えても?」

 そう聞いた途端、二人はピタッと動きを止めた。

 二人揃ってぎこちなく目を反らし、ゆっくりとお互いから手を離す。悟浄は椅子に座り直してから、三蔵と少し距離を取る。

 もうそれだけで八戒には何が起こったかがわかるというものだった。

「ッフン」

「聞かないで……」

「ハァ。薄々そんな予感はしていましたが、貴方たちが合意しているのなら僕は何も言いませんよ」

「合意なんかしてねぇって! そんな暇もなくてあれは不可抗力で……!」

「俺はちゃんと聞いた」

「あのなぁ! ンなもんヤった側のお決まりのセリフなんだよ!」

「ヤったって、何を?」

「~~~~ッ」

 悟空に聞かれ、悟浄は何も言えなくなってしまった。三蔵に対して言いたいことは山ほどあるが、ぐっと言葉を飲み込む。

 八戒には同情の目で見られたが、もはや抵抗する気も失せて悟浄は机に突っ伏した。

「そんなことより悟空、悟浄も魔法も使えるかもっていうのはどういうことです?」

「あ、それはね! 魔力の流れが前より大きくなってるから、魔力が少なくて出せなかったのがちょっとだけなら魔法を使えそうだなって思ったんだよね」

「なるほど……。訓練すれば、護身用の魔法は使えるかもですね。そうすれば、僕たちも安心ですし」

 悟浄の元々持つ魔力は、庶民が生命を維持する程度の一般的な量だった。

 それが、実験での限界突破によって許容量が増えたのもそうだが、八戒は出入りする回路も太くなったのではないかとみていた。

 入りすぎたときの対処法が現状よろしくないので、まず供給量を絞って安定させること、入りすぎた時の対処法を確立させることが必須条件になりそうだ。

「八戒、魔法を使う訓練はお前に任せる」

「わかりました。どうせしばらくは身動きも取れないでしょうし、少しずつ練習しておきます。ね、悟浄?」

「もう好きにしてくれ……」

「そんな事言わないで、ほら、三蔵もなんとか言ってあげてください」

「―――――何か欲しいものがあれば言え。届けさせる」

「そこは直接届けましょうよ」

「善処、する」

 悟浄は突っ伏した顔を少しだけ三蔵の方に向けて、表情を盗み見た。

 難しく考え込んだ顔をしている三蔵に、悟浄は自分のことで皇帝サマが悩んでいるのかと思うと少し笑えた。

 すると、こちらをみた三蔵と不意に目が合い、悟浄は慌てて笑みを隠して目を伏せる。

「おい、悟浄。俺と悟空はしばらく今回のことで対応しなきゃならんから留守にする。留守の間のことは八戒に聞け。後で信用のできる侍女も手配する。いいな。くれぐれも一人で勝手に行動するんじゃねぇぞ」

「わーってるよ。どうせ行くとこも伝手も何もねーし」

 こうして、悟浄と八戒は聖光宮の北西にある帝都内の小さな一軒家で過ごすことが決まった。

 この辺りのエリアは聖光宮に仕えており、貴族ではないものが多く住んでいるらしい。そして二人が過ごす一軒家は、元々三蔵の養父であり師である光明が住んでいたものらしく、定期的に手入れもされているとのことだった。

 帝都内の貧民街である第五区は南西に位置し、貴族たちの住む貴族外は東に位置している為、その両方から遠ざける形を取った結果である。

 

 三蔵は、今回の実験で少々無理を通して魔法塔へ入った為、その後処理をしなければならないとのことだった。悟空は護衛でもちろん三蔵と常に行動を共にする。

 悟浄としては、しばらく三蔵の顔を見なくていいのはありがたいことだった。

「では、さっそく行きましょうか。よろしくお願いしますね、悟浄」

「不束者ですが、ドーゾ、よろしく」

 こうして、これから起こる激動の前の束の間の休息期間が始まったのだった。