気難しい洗濯機

 引越しをしてから三日目。
 午前中でやることが終わってしまった三蔵は、帰宅してから洗濯機とにらめっこをしていた。
 一人分の洗濯物。一日分の量はそれほどでもないのに、さすがに少し溜まってきていたのだ。
 とりあえず、衣類を洗濯機の中には入れた。法衣はネットに入れろと八戒に口酸っぱく言われたので丁寧に畳んで入れておいた。
 三蔵はやればできる子なのである。
 洗濯洗剤は、目についたものを適当に買った。
 三蔵が買ったのは、箱に入った粉洗剤だった。

「はぁ」

 思わずため息がでた。
 まず洗剤はどこに入れればいいのだろう。
 液体洗剤と柔軟剤は、そう書かれた注入口がある。粉洗剤は入れちゃいけないのだろうか。
 そう思って洗剤の箱を睨みつけていると、箱の方になりやら説明書きがあった。
 そうか箱を見ればいいか。
 水の量によって入れる分量が違うのは、わかる。わかるがこの洗濯機が何Lの水を使うかなんて知るわけがないだろう。
 説明書きの字も小さいしああもう面倒臭い。
 とりあえず付属のスプーン1杯を入れておけばなんとかなるだろう。
 それで、電源を入れて、標準コースとやらでいいはずだ。
 スタートのスイッチを入れればもうあとは自動。
 あーイライラする。煙草……。

「はぁ……」

 先ほどよりも深いため息をつき、リビングで煙草に火をつけ椅子に腰を下ろした時だった。
 ピピピピピピピピピ!!

「ッチ。うるせぇ」

 洗濯機の方から何やら音がする。さっそく壊れたか。
 火をつけたばかりの煙草を灰皿に押し付け、眉間に皺を寄せながら再び洗濯機の方へ戻った。
 蓋を開けて中をのぞくと別に異常はない、のだが、何か違和感を感じる。何でだ。
 ああ、そうか。水が入っていない。やっぱり壊れたのか?

「なんでこんなに、いちいち面倒臭ぇんだ」

 自動で電源が切れた洗濯機を眺め、そういえば設置をしにきた業者が洗濯をするときは元栓がどうこう言っていたなと思い出した。
 しかし、ほとんどを悟空と八戒に任せていた三蔵は元栓が何で、それがどこにあるのかもさっぱりわからなかった。

 引っ越す前。
 旅に出ている悟空が戻っていた時に桃源郷に最近出来たという、大型の家電量販店に悟浄を連れ立って行った。
 ジープの運転席に悟空、助手席に三蔵、後部座席の定位置に悟浄が収まった。八戒は留守番をしていて、空いている席には帰りに荷物が乗る予定である。
 八戒に貰ったメモを見ながら悟空がテキパキと小型の家電を決めていく。

「三蔵と悟浄は洗濯機見てきてよ。俺、冷蔵庫決めてくるから!」

 悟空は冷蔵庫を見るのを一番楽しみにしていた。
 悟空にとって大切な大切な食料が入るのだから当然ではある。が、色々見るうちに各社様々な機能を搭載した冷蔵庫に心奪われ、あれがいいだのこれはここがいいから迷うだのと、三蔵に散々熱く語って聞かせていた。
 一緒に行っても仕方がないし、なにより煩いので、仕方なく悟浄と共に洗濯機のコーナーへやってきた。

「で、どれにすんの?」
「知らん」
「いやいやいや、アンタが使うんだからな?」
「洗えりゃ何でもいい」
「全部洗えるやつだから」

 なんだってこんなに種類があるのかと、三蔵は何度目になるかわからない溜め息をついた。
 悟浄と二人でああだこうだと言い合っていると、ススッと店員さんが近寄ってきた。

「洗濯機をお探しですぅ?」
「見ればわかるだろう」
「ええ、ええ、そうですよねぇ。大変失礼いたしました。お二人でお使いになるのですか?」
「あ? こいつはただの荷物持ちだ」
「おいおい三蔵、そりゃない……」
「そ~~~なんですね! で、し、た、ら!」

 店員の止まらない営業トークの間に、いつの間にか悟浄は消えており、遠くの小型家電コーナーの間から触覚がぴょこぴょこ揺れていた。後で絶対に撃つ。
 そんなことを思っている間にも、店員の話は止まらない。
 三蔵を三蔵と知ってか知らずか、知った上で買ってもらおうと思っているのか。商売熱心だなと感心したような覚えはある。
 しかし、店員の話している内容はさっぱり頭に入ってこなかった。
 断片的なドラム式、節水、乾燥、桶洗浄、というような単語だけが脳を通過していく。

「……ですので、こちらなんかがおススメになっておりまして」
「もういい。もう、それでいい」
「ありがとうございます! それでは、お送り先は……」
「他のと一緒にしてくれ。あっちで冷蔵庫を見ているサルに言えばわかる」

 もう話は終わりだ、と言うように売り場を離れると、ふらっと悟浄が戻って来た。

「貴様……」
「あーばかばか! ここで撃つやつがあるか!」
「死ね!」
「だって話長そうだったんだもん!」
「可愛くねぇんだよクソ河童!」

 スパコーン! とハリセンの音が店内に響いた。
 結局数時間後、水が出ない洗濯機を見に八戒が三蔵の家にやってきた。悟浄は別件で手が離せないらしい。

「三蔵、元栓はここです。本当は洗濯の度に開け閉めするのがいいんですけど、開けっ放しでもまぁいいでしょう。どうせ周りに迷惑かけるようなご近所さんもいないですし。あと、洗剤はこっちの方がいいです。液体洗剤ならここに入れておけば勝手に量を測ってくれます。それから柔軟剤も入れて。干すのは大丈夫ですよね? って、聞いてます? 三蔵?」

 八戒は洗濯機と向き合いながら一気にそう言って、ようやく振り返った。
 三蔵は眉間に皺をよせ、こくりと頷く。要するに、元栓はそのままにしておけばいいってことだろう。洗剤も八戒の持って来たのにしておけばいいらしい。
 液体だったから、例の注入口に入れればよさそうだ。柔軟剤? は、よくわからんんが、入れろと言うなら入れおけばいいだろう。

「で、こっからどうすりゃいいんだ」
「まったく……。あなたたちは何を聞いてきたんですか? 三蔵ももう少ししっかりしてください。一人で生活するんですよ」
「……ッチ」

 確かに、八戒の言う通りである。金山寺から降りている間に得たサバイバルの様な一人で生き抜いていくための知恵とは違う、もっと別の、しかも直感や手探りでどうにかなるものではない何かが必要そうだった。
 特に、この家電たちには。

「で、まずは電源を入れて……」

 そう言って八戒が使い方を指示し、ようやく洗濯機はゴウンゴウンと音を立てて回り始めた。

「……助かった」
「いえ、これくらいは。でも、取扱説明書を読めば三蔵ならわかるのでは?」
「取扱説明書?」
「買ったときに、冊子が付いていませんでした?」

 言われて、何日か前の記憶を掘り起こす。そんなものもあったかもしれない。
 紙類はまとめて置いとくからな。と悟空が言っていた。

「たぶん、ある」
「たぶんって……。まぁ、特殊な洗い物なんかしないでしょうし、さっきのがわかれば良いです」
「……」
「お昼、まだなんでしょう? 何か作りますから、休んでいていいですよ」

 八戒にはいつものことかもしれないが、その一言が三仏神の言葉よりもよほどありがたい言葉に違いないと思う三蔵だった。