地獄の炬燵会
麻雀の知識がなく付け焼き刃なので、おかしい所があったらすみません。
雰囲気で楽しんでくれれば幸いです。
悟浄の出番も少なくてすみません!
珍しく三蔵は、一人で嬉々として大型家具店へ来ていた。なぜなら、本日の相手は正体不明ではなかったからだ。
その相手とは、何を隠そう……炬燵である。
旅に出る前は、部屋付きの坊主に火鉢をいくつも置かせて部屋を温めていたが、今はそんなものは必要ない。オール電化の家にはエアコンがあり、もちろん暖房機能もある。
しかし、三蔵はどうしても炬燵が欲しかった。
冬に厚手の綿入れを羽織り、炬燵で新聞を読みながら飲む熱い茶ほどうまいものはない。
さすがに炬燵で煙草を吸うと、吸い殻を落としたり、寝落ちた時が怖いので我慢をしなければならないが、その分蜜柑に手が伸びる。
そして、初めから炬燵を買っておかなかったのには理由があった。
あまり広くはない家には、立ち座りの面倒を減らすために背の高いダイニングテーブルしか置いていなかったのだ。
炬燵と言えば、背の低いちゃぶ台につけるものだと三蔵は思い込んでいた。
そう、思い込んでいた。
過去形なのである。
買い出しで街に出かけたときに見たのは、背の高いダイニングテーブルの天板裏にヒーターが付いており、長めの毛布をかけてある新しいタイプの炬燵だった。
それを見た瞬間、三蔵は体に雷が落ちたような気がした。
すぐにでも買って帰りたかったが、今は買い出しの帰りで、食材を抱えたままだったことに気がついた。
「……ッチ」
流石にこのまま別の店に入るわけにはいかず、足早に家路を辿り、食材を冷蔵庫に詰め込んでからトンボ帰りで炬燵を売っている店に戻ってきたのだった。
最高僧の権限で即日配達を頼み、一足先に家に帰ってまだまだ現役の旧ダイニングテーブルはさっさと片付けた。
流石に捨てるのは勿体ない気がしたので、足を外して物置きの端に押し込んでおいた。
引っ越しをしてから、一番働いたのではないだろうか。
ほとんどを業者や悟浄たちに任せていたので、こうして作業をすると自分の家だという実感が今更ながらに湧いてくる。
旅をしていた頃は、毎日寝泊まりする場所は変わるし野宿をすることもあった。
だが、もう場所を変える必要はなくなった。炬燵を衝動買いしても、誰にも文句を言われることは無い。
ちょうどリビングが片付いた時、インターホンの鳴る音がした。
「三蔵様! お届け物でーす!」
青年が大きな段ボールを軽々と運び入れ、設置場所を確認する。
組み立てもやってもらうように頼んでおいたので、青年はテキパキと開封して組み立てていく。
三蔵はパーツに不足や傷がないか確認だけして、後は眺めているだけだった。
炬燵はあっという間に完成し、一緒に購入した毛布もセットされる。
片付けと軽く掃除までした青年は、ゴミを回収してトラックに積み込み帰って行った。
机の上に置かれた説明書を開き、早速コンセントに繋いでスイッチを入れる。
炬燵の中が温まる間に湯を沸かしてお茶を入れ、カゴに盛られた蜜柑を真ん中に置けば完璧だった。
早速炬燵を楽しもうと、座ろうとした瞬間だった。
ピンポーン
「ッチ」
インターホンが鳴り、来客を告げる。
渋々玄関のドアを開けると、紅孩児が雀呂と共に立っていた。
「……何しに来た」
「俺は、お前が三蔵法師を辞めたという噂を聞いたので様子を見に来たんだが、途中で行き倒れていたコイツに出くわし……」
「ハッハッハ! 貴様が腑抜けたと聞き、今までの恨みを晴らすために付いてきたまでよ!」
「帰れ」
「何ィ?! ここまで来てやったというのに! やはり腑抜けたと言うのは本当だったのか!」
「オンマニハツメイ……」
「お、おい! いきなり大技を放つ奴があるかっ」
「三蔵法師を辞めたというのはただの噂だったようだな。まだまだ現役じゃないか」
「わかったならさっさと帰れ」
炬燵を我慢してイライラしている三蔵は、1秒でも早く帰ってもらいたかった。
しかし―――
「よォ、遊びに来てやったぞ……と、先客があったか」
そこに現れたのは紗烙三蔵だった。
今日という日に限って、いつもは全く来ないお客が次から次へとやってくる。
「帰れ」
「おいおい、ツれないこと言うなよ。三蔵のよしみじゃないか。茶の一杯くらい出してもいいだろう。なぁ? お客人たち」
「いや、俺は……」
「そうだそうだ! ついでに茶菓子も出してくれてもいいのだぞ!」
「てめぇらいい加減に……」
いよいよ三蔵の我慢が限界に達しようかという時、紗烙がひょいと家の中を覗き込んだ。
「なんだ、案外綺麗にしてるじゃないか。上がらせてもらうぞ」
そう言って、止める間もなくスルリと三蔵の横をすり抜けてしまった。
「お客人らも入りなよ。ちょうどいいものを持ってきているんでな」
「貴様、誰の家だとッ」
「玄奘は案外お堅いところがあるからな。仲間たちと暇つぶしにやるだろうとコイツを手土産にしてきたんだ」
そう言って紗烙が出したのは、麻雀セットだった。
―――炬燵を買ったのはいいが、まさかその日のうちに雀卓になるとは思いもしなかった。
「東一局、一本場……さぁどうだ?」
卓の向こうで、紅孩児が薄く笑いながら牌を軽く撫でるように積み直す。
対面の雀呂は腕を組み、既に眉間に皺を寄せていた。
「こんなの絶対仕組まれてるだろ……!」
「負けるとすぐそれだな、ガキ」
三蔵は煙草をくわえたまま、無造作に山からツモる。
「ちっ……」
雀呂が舌打ちしながら手牌を崩し、牌を一枚切る。
ジャラ、と小気味よい音が静かな部屋に響いた。
「ロン」
静かな声が響いたのは、雀呂が牌を置いた瞬間だった。
「なっ……!!?」
「清一色、七対子、満貫。点棒、払え」
紗烙が淡々と手牌を倒す。
見事な一色手に、雀呂が髪を掻きむしる。
「ぐあああ! 何故俺ばかりが狙われるのだ!!」
「いや、狙ったつもりではないのだが……」
紅孩児が申し訳なさそうに雀呂を見る。
三蔵は相変わらず無表情のまま、次の局の配牌を始めた。
──そして、問題の東三局。
「リーチ」
三蔵が捨て牌を静かに場に置いた瞬間、場の空気が変わった。
「またリーチ……」
「それが通るなら、こっちも乗るぜ」
「……ロン」
その時、玄関の扉が開いた。
「おーい、三蔵いる〜?」
当然のように合鍵で入ってきた悟浄は、目を丸くして立ち尽くしてしまった。
「え、なに、どういう状況?」
「見てわからんか、麻雀だ」
三蔵が淡々と答える。
「いやいや、なんで麻雀やってんだよ!? しかもこの面子で!」
「「「……」」」
悟浄が信じられないものを見る目で卓を見下ろす。
雀呂は顔を真っ赤にして手牌を握りしめ、紅孩児は感情の読めない表情、紗烙は静かに自分の点棒を計算していた。
「マジでどういう状況だよ……」
悟浄の困惑した声に、三蔵は煙草の煙を吐きながら淡々と告げる。
「あと一局で、俺のトップが決まる」
「ぐ、ぐぬぬぬ……!!!」
雀呂が震えながら牌を握りしめ、そのまま最後の局に突入し──
「ツモォォ!! 逆転だぁぁ!!!」
雀呂の雄叫びが部屋に響き渡った。
悟浄はただただ、ため息をつくしかなかった。