夜の果てまで
拾われた者たち
説明が長くて申し訳ない
現皇帝である玄奘三蔵は、元は捨て子であった。
帝国のこれまでの血塗られた歴史の集大成とも言えるのが前皇帝の牛魔王である。
牛魔王は魔力と軍事力を独占し、反抗の芽は徹底して摘み取り、民には恐怖による沈黙を強い その名は口にすることすら畏れられ、粛清と密告が日常と化していた。
また、牛魔王は聖光宮の中心から伸びる魔法塔の魔力を己のためだけに利用し、寿命を伸ばす禁術すら使用していたと聞く。
実際、牛魔王の時代は長く続き、庶民の生活を何世代にも渡って苦しめていた。
三蔵を拾ったのは、聖光宮の、いや、この桃源帝国の象徴ともいえる魔法塔の管理を任されていた光明三蔵である。
光明は産まれながらにして保有魔力量が多く、帝都の外の辺境の地を渡り歩き、聖職者として人々に魔力を分け与えていた。
その噂はやがて帝都にまで届き、牛魔王の命令によって強引に攫われれるようにして聖光宮へやってきたのだった。
三蔵が拾われたのは、帝都の北東を流れる天潤河(てんじゅんが)のほとり――。
かつて、天から流れ落ちたとされるこの川は神聖なる水源として崇められ、帝都を巡るように湾曲しながら聖光宮の外郭を洗っていた。
ある朝、光明が魔法塔に向かう途中、その川辺を歩いていた時のことだ。
かすかに泣き声が聞こえた。
声の主を探して川縁をのぞき込むと、そこには、小さな簀の子の籠に乗せられた赤子が、冷たい水に揺られていた。
普通であれば流されて命を落とすはずの流れの中、赤子の籠はなぜか川縁を静かに漂い、まるで何かに守られているかのようだったという。
光明は迷いなく水に入って籠を抱き上げ、自宅へと連れ帰ったのだった。
そうして育てられた三蔵は、ある目的から牛魔王の暗殺を計画した。
だが、皇帝になってからの方がやることは山積みで、その日は各地の現状を把握するために第五区を訪れていた。
そこで拾った、紅い青年。
髪も目も燃えるように赤く、瞳に宿る魂までも炎のように燃えているようだった。
その炎の向こうに何が揺らめいているのか、三蔵は知らなければならないと思った。
これが、今の帝国の現実なのだと改めて思う。こうした青年のような帝国民はごまんといるだろう。
そう思うと、改めて目的を達せなければならないと強く感じた。
「三蔵様、申し訳ございません。私の注意が足らず……」
「いい。今後は気を付けろ。二度はない」
「はっ! ありがとうございます!」
あの時、青年に武器を奪われた衛兵は不問とした。
実際、あまりにも自然にそこで暮らす人間の一部だったはずなのに、その瞬間、空高く火の手が上がったかのように現れたのだ。
悟空がいなければ、危なかっただろう。
その点においても、興味深い青年だった。
「戻るのは明日だったな。明後日には面会する。お前も同席しろ」
「それって八戒もいる? おやつもある?」
「それじゃどっちが目的かわかんねぇだろうが。八戒は当然同席させるが、後は知らん」
「ちぇ~っ。明後日な。了解~」
子供のようにむくれている悟空は、三蔵が皇帝になる前から傍にいる。
成り行きで拾った子供だったが、衛兵も反応できなかった悟浄の攻撃を止めたその身体能力はずば抜けていた。
さらに悟空の特殊なところは、魔力の満ちている場所であれば、どこでも魔力を自身に供給できることだった。
通常、魔力は魔力の込められた特殊なモノから人へ。もしくは人から人へ。このどちらかでしか供給することができない。
それを、大地や空気から直接取り込めるというのはもはや神の領域に近かった。
そのせいなのか、普通の人には聞こえないような音や声、気配がわかるなど、幼いころから異様な行動が多かったらしい。
村人たちには気味悪がれ遠ざけられ、ついには両親まで呪われた家族だと石を投げられるようになった。
村八分のような状態になり、両親まで傷付けられるのに耐えられなくて森に逃げ込んでいたところを、三蔵に拾われた。
三蔵は当時、情報収集のため帝都の外を巡っていた時期で、森に祀られた古い神殿跡を訪れていた。
そこに、まるで獣のように木々の影から現れたのが悟空だった。
擦り切れた布をまとい、泥と血にまみれたその子供は、三蔵たちを警戒して魔力を暴発させた。
三蔵の護衛たちはすぐに「呪い子だ」「近づくな」と警戒し距離を取ったが、三蔵だけは動かなかった。
悟空は自然の中に微かに存在する魔力を集め、空気を圧縮して爆発させる魔法を行使していた。
光明から魔力と魔法の扱い方を学んでいた三蔵は、その天性の才能と能力に驚いた。それと同時に、帝都と違って魔力のほとんど存在しないこの場所では、その内魔力を使い果たしてこの子供は死んでしまうだろうと思った。
元々体力は限界だったのだろう。その場から動かず、闇雲に魔法を放っている。
三蔵がゆっくりと近づいて行くと、足元でバチンと空気が爆発した。
それでも歩みを止めず、怯える子供の目の前まで辿り着いた。そして、手を差し出したのだった。
「来い。連れてってやる」
決して具体的なことを言ったわけではない。
悟空にとっても、どこへ連れていくのかなど、検討も付かなかったに違いない。牢屋に連れていかれる可能性だってあったのだから。
それでも。
「俺、俺……っ!」
悟空は三蔵の手を取った。
そして、ようやく子供らしく泣き始め、そのまま泣き疲れて三蔵の胸の中で眠ってしまったのだった。
その安心した寝顔を見るとどうにも怒れず、また、悟空の力を恐れた護衛たちは誰も代ろうとは言いださない。
結局、三蔵たちは一度帰還することとなり、悟空は三蔵の監視下に置かれることとなったのだった。
一つ困ったことに、魔力を取り込むと大層腹が減るらしく、与えても与えても食べ物を欲しがるのには三蔵も頭を抱えた。
魔力の扱い方と魔法の初歩を教え込み、なるべく低燃費で過ごしてもらうようにはしているが、現在は皇帝となった三蔵の護衛として常に周りの状況を把握するために微量の魔法を行使し続けている。
悟空によると、大気中には意思を持った魔力の塊のようなものが存在するらしい。悟空にしか認識できないものではあるのだが、微精霊と名付けることにした。
この微精霊たちと意思疎通をすることで、ある程度距離のある場所でも状況把握が可能なのである。
また、魔力の流れが見えるので、三蔵に対して誰かが攻撃しようとすると魔力が三蔵に向かって流れ始める。
誰しも大なり小なり魔力を持っているので、魔法を使わずとも意思の向いた方に魔力が向いてしまうそうだ。
これらを悟空の「キラキラが~」や「ぐわっとなって!」などの感覚的な大変わかりにくい説明で聞いてなんとか理解をしたとき、三蔵は眩暈がした。
そんな話は光明からも聞いたことがなかったし、本当だとしたら歴史を変えるような大事件である。
問題なのは、どう頑張っても悟空以外にこの現象は認識できないことだった。
説明を聞いた時から嫌な予感はしていたが、悟空にそれらについて研究しろと言ったところで、出来上がるのは子供の落書きばかりであった。
三蔵は悟空の能力については秘匿することに決め、悟空と会った場所に同行したものについては箝口令を敷いた。
だが、バレたところで誰にも理解はできないだろう。
悟空を食べ物で釣るのは簡単だが、三蔵以外に気を許していない為、その能力の高さゆえに攫ったり無理やり引き入れて研究することはまず無理な話であった。
こうして、皇帝になった三蔵にとって数少ない心から信用のできる家臣の一人となった悟空。
三蔵が成し遂げたい目的を知る仲間でもある。
その目的は、二つ。
内、牛魔王暗殺という一つ目の目的は既に達せられた。
残るはあと一つ。
「なぁ三蔵」
「なんだ」
「早く壊せるといいね。アレ」
「ヌルいこと言ってんじゃねぇ。壊すんだよ、絶対にな」
帝国の歴史と常に共にあり、帝国の象徴ともいえる魔法塔を壊すことだった。